物語学の森 Blog版 路面電車の街・広島
路面電車の街・広島
2015-10-26 Mon 07:23



 学会出席のため、広島へ。人生50年、岡山以西は未訪の地。新幹線で四時間、東京まで足を運んで来られる研究者はそれだけのエネルギーを費やしても欲しい情報があるということなのでしょう。南口には新旧の路面電車が走っています。夏に見たドラマの記憶も鮮明によみがえりました。
 シンポジゥムは、講演、報告共に一言一句を聴き逃すまいと、ギャラクシーに詰め込んだデータを睨みつつ拝聴。講演者の御本は丹念に何度も読み込みましたが、今回はテーマに即して関連人物の情報もハンドアウトにして下さったので、永久保存版とします。江戸時代に編纂された『萩藩閥閲録』所収の「吉見家文書」の所蔵先も複数お示しいただき、未見のものはいずれ閲覧に行きます。
 また、吉見正頼、大野毛利家までの毛利家傍流の家の歴史もお示しいただきました。この家の重臣にドラマ「花燃ゆ」の杉家があり、一門の杉孫七郎は、毛利家典籍から、大内氏関係の詠草、消息を剥ぎ取り、手鑑「多々良の麻左古」を作成しています。江戸時代には典籍目録も、江戸と長州の二種類があり、『源氏物語』も数種所蔵が確認できます。明治に入って、毛利家典籍が流出し始めたことは確かなようです。
 書誌学の立場から大島本『源氏物語』研究の成果報告は、いずれ予定している拙著に反映させたいと思います。大島本本文の親本は、書誌学上は「関屋」巻が大内氏所望の飛鳥井雅康染筆本であることしか特定不能と言うこと。ただし、本文批判の成果によって、「柏木」巻の「ぬへき」の目移りによる脱文が、定家本、明融本、大島本三本にのみ共通することから、その本文に定家本との親近性が認められると言う、複雑かつ極めて重要な要素(本文価値)を整理しながら読んでゆく必要があります。

『新編全集』定家本校訂本文
305-14 の乱れあり、世の人に譏らるるやうありぬべきことになん、
305-15 なほ憚りぬべき」などのたまはせて、大殿の君に、(朱雀院)「か
306-01 くなむ進みのたまふを、いまは限りのさまならば、片時のほ
『新大系』大島本校訂本文
016-09 を、さすがに限らぬ命のほどにて、行く末とをき人は、かへりて事の乱れあ
016-10 り、世の人に譏らるるやうありぬべき」なんどのたまはせて、おとどの君に、
016-11 かくなんすすみのたまうを、いまは限りのさまならば、片時のほどにてもそ
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池田『大成』定家本翻刻本文
1238-13 さすかにかきらぬいのちのほとにてゆくすゑとをき人はかへりてことのみたれ
1238-14 あり世の人にそしらるるやうありぬへきなとの給はせておととの君にかくなむ
1239-01 すすみのたまふをいまはかきりのさまならはかた時のほとにてもそのたすけある
明融本翻刻本文
らはいとたうときことなるをさすかにかきらぬ
いのちのほとにてゆくすゑとをき人はかへりて
ことのみたれあり世の人にそしらるゝやうあり
ぬへきなとの給はせておとゝの君にかくなむ
すゝみのたまふをいまはかきりのさまならは
かた時のほとにてもそのたすけあるへきさ
まにてとなむ思たまふるとのたまへはひころも」17ウ

 これに、大島本の場合は、大内家旧蔵一条尋尊書入注記のある兼良ゆかりの河内本本文が校合書入された後、抹消され、注記は吉見家の家人に手分けして転記されました。このことは、本文様態、奥書からも類推されることです。実は、今まであまり読み込まれていない本文傍注、音楽関係注記については、すでに報告しました。気になる方はどうぞ。
 さまざまな学恩を得た広島でした。関係各位のみなさん、ご苦労様でした。また、ありがとうございました。
 

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