物語学の森 Blog版 なにがしの皇子と琵琶の秘曲・覚書
なにがしの皇子と琵琶の秘曲・覚書
2015-09-12 Sat 07:47
 琵琶曲『石上流泉』にまつわる音楽伝承は、厳密には「石上流泉」と「上原石上流泉」は別曲。「破」と「急」、同趣のフレーズで構成された、まさしく同工異曲。藤原貞敏(807-967)が入唐の後、承和六年(839)、我が国に伝えた秘曲に「石上流泉」があった。「上原石上流泉」はこれをもとに日本で新たに作曲されたものとされている。

 『十訓抄』下10ノ19によれば、「上原石上流泉」については、廉承武の霊が村上天皇(926~67)に伝授した曲であると言う伝承と、廉承武の霊が若い女にとり憑いて源高明(914~83)に伝授したとする伝承が記録されている。『源氏物語』の古注釈は後者の説に拠っている。
『源氏物語』「宿木」巻には、匂宮のことばとして語られる。『奥入』に元槙の詩を典拠とし、『紫明抄』『河海抄』は「なにがしの皇子」を源高明(914~982)と特定、皇子の庭の木に霊物が降りて、小児の口を借りて元槙の詩句「不是花中偏愛菊(-これ花の中に偏へに菊を愛するのみにあらず)、此花開後更無花(-此の花開けて後更に花の無ければなり)」(和漢朗詠集、菊、元槙)」を口ずさみながら琵琶の秘曲を伝授したという故事を伝える。高明は、醍醐天皇の皇子で、西宮左大臣と称された賜姓源氏。安和の変で大宰権帥)に左遷された。好学の人で、有職故実書に「西宮記』を残した。

大島本『源氏物語』「宿木」巻

 /不是偏花中愛菊 此花開後更無花 菊ノウツロフハ中ノ君の事に思よそへたる也
  うつろひたるを・とりわきておらせ給て・花
           西宮左大臣庭菊盛ニ天下琵琶伝秘曲事
  のなかにひとへにとすし給て・なにかしのみこ
  の花めてたるゆふへそかし・いにしへ天人の
  かけりて・ひわの手をしへけるは・何事も」88ウ
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