物語学の森 Blog版 三島由紀夫『朱雀家の滅亡』と「楊真操」
三島由紀夫『朱雀家の滅亡』と「楊真操」
2015-09-11 Fri 04:55


  琵琶の秘曲「楊真操」は、三島由紀夫『朱雀家の滅亡』(1967年)で弾かれる幻の琵琶曲。承和の頃、唐に渡った藤原貞敏が楊貴妃作として伝えたとされる。
初演は劇団NLTで中村伸郎、南美江らで上演されたもの。その後、ボクが観劇したのは、銀座セゾン劇場(1987年9月)。初日はなぜか持っていたコネで関係者席、最終日曜日だったか、さらに当時学生だった弟と2000円のジーンズシート、ここもなかなか良い席でした。
 主役の朱雀経隆(杉浦直樹)は、代々、琵琶の宗匠として天皇家に仕える家、太平洋戦争末期は侍従長として天皇の側近を務めていた。もちろん、モデルは、「最後の元老」西園寺公望(ただし、公望は徳大寺家からの養子、明治天皇に「西園寺の琵琶が聞きたい」と冷やかされ、慌てて琵琶を習ったという記録が残っています)。琵琶の神である弁財天は女性であることから、西園寺家は代々正妻を娶らない家訓があり、経隆も禁を破って結婚した顕子を一年で亡くし、下女おれい(加藤治子)を内妾としていたが、このことは、彼の息子朱雀経広(石原良純)が、海軍士官として激戦の南島に赴き戦死した時点でようやく明らかになる。そのおれいも、空襲で死ぬが、朱雀経隆は、弁財天の社に篭って空襲を避けていると、なぜか生きながらえてしまう。戦後、息子朱雀経広の許婚であった松永瑠璃子(藤真利子)が、弁財天の如く「楊真操」の楽の音によって現れ、朱雀経隆に対し、生きていることをなじると、経隆は悠然と答えて幕となる。

  「どうして私が滅びることができる。とうのむかしに滅んでいる私が。」

 初日は、後の都知事も息子の舞台デビューを観劇していたものの、途中で退席してロビーで終演を待っているところに鉢合わせして吃驚。加藤治子の涙の熱演にもこれまた感嘆と言った具合でありました。
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