物語学の森 Blog版 平安時代の琴の演奏四形態。
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このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
平安時代の琴の演奏四形態。
 『琴学史』いよいよ佳境。

 平安時代の琴の演奏形態は、「「一子相伝」の琴學―血脈相承から宗匠制伝授へ」で詳述することとするが、『源氏物語』においても①光源氏の「須磨」巻での独奏、②「明石」巻での光源氏の琴、明石の君の箏の合奏、③「若菜」下巻の琴(女三宮)、箏(明石の女御)、和琴(紫の上)、琵琶(明石御方)の弦楽四重奏、あるいは『源氏物語』本文には七絃琴に琴歌を伴うものはないが、和琴で催馬楽を唱う場面が「竹河」巻に見られることから、④琴歌の四形態の存在が認められる。これらは、明代の琴の独奏を志向する虞山派、琴歌を伴う江派の双方の演奏形態に先行する文献的価値を持つものと言えよう。したがって、琴・箏・琵琶が和歌や催馬楽の伴奏となる和様化は、空想上の創作だとは一概には言えないようである。今日でも催馬楽は和琴で伴奏されるのは、その残滓であろう。『源氏物語』「竹河」巻、梅の花盛りに、薫が催馬楽「梅枝」を歌いながら玉鬘邸を訪問する場面である。

 <薫>. 「寝殿の西面に、琵琶、箏の琴の声するに、心を惑はして立てるなめり。苦しげや。人の許さぬこと思ひはじめむは、罪深かるべきわざかな」と思ふ。琴の声もやみぬれば、
<薫>「いざ、しるべしたまへ。まろは、いとたどたどし」
 とて、ひき連れて、西の渡殿の前なる紅梅の木のもとに、「梅が枝」をうそぶきて立ち寄るけはひの、花よりもしるく、さとうち匂へれば、妻戸おし開けて、人びと、東琴をいとよく掻き合はせたり。女の琴にて、
呂の歌は、かうしも合はせぬを、<いたし>と思ひて、今一返り、をり返し歌ふを、琵琶も二なく今めかし。

薫の「梅枝」朗詠に合わせて、左大臣系の楽統を継承する玉鬘は和琴を「いとよく掻き合はせ」る。「呂」は雅楽六調子の一つ「双調」に相当し、低音で合わせにくいところ、和琴で巧みに合わせたことに、薫は感心したと言うのである(現行の催馬楽「梅枝」は「呂」の曲)。これに、今一度の朗詠には家の女房のひとりが琵琶を巧みに合わせたとある。本文には描かれないが、箏もまた、これに和したと考えたいところである。


注記 加藤昌嘉氏「琴で/笛でー和歌を詠む」『源氏物語前後左右』(勉誠出版、二〇一四年、初出二〇〇九年)は「琴の音色で和歌を詠む場面を、物語史上、最初に描いたのは『うつほ物語』である」「『源氏物語』には、琴・笛の音色によって和歌を詠む場面は存在しない」と結論されていることに注意したい。
2015-08-26 Wed 11:10
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