物語学の森 Blog版 越後へ。
越後へ。
2015-07-28 Tue 05:23



 この夏前半最後の遠征は新潟。大宮から新幹線に乗りましたが、当地は吹く風がまだ乾いている感じ。ご当地の里芋で作った「つけ麺」を食しましたが写真を撮り忘れました。次は磐越西線で会津まで行ってみたいと思います。

 新幹線お供は、先日頂戴した東原伸明さん『土左日記虚構論-初期散文文学の生成と国風文化』。

 全編、氏の世界が横溢する圧倒感があるのだけれど、疑問点も浮上。抜き刷りも頂戴していたはずですが、第8章「『土左日記』の言説分析」の特に第3節は研究史の把握と言う意味でほぼ「?」の論述。この点は発表時にも指摘したように思いますが、記憶の曖昧なところがあります。

 摘記すると、
○平安時代のかな散文は「枡形本」で書写され、『古今和歌集』などの歌学的カノンは大型本で書写された。190頁
○「青表紙本」も「枡形本」で同様の「小ささ」である。190頁
○三谷論文は、能因本跋文から『枕草子』の成立を論じているのに、掲出本文は三巻本。191-192頁
○第10章注10 承平四年を1595年、文暦二年を1895年とするのは神武天皇即位紀元の皇紀。『古典の批判的処置に関する研究』(1941年)によったものであろうが、本文、注記ともに当該書参照とはない。263頁

 「枡形本」-六半本や四半本での書物の流布は『源氏物語絵巻』東屋にも見えているように、平安末-鎌倉時代の話で、平安時代中期は書物形態の移行期にあり(拙著「ありきそめにし『源氏の物語』」『光源氏物語學藝史』参照)、巻子本-東博本『古今集』仮名序等、折本-『古筆手鑑』各種などが代表的なもの。野村精一氏は『紫式部日記』の「御冊子造り」が仮綴じにせよ、綴葉装が文献に見える始発と規定し、前提として参照する玉上琢彌『古典の心』の「枡形本」流布説を一蹴されています「なぜ、いま、さごろも、か??序にかえて」『実践女子大学文芸資料研究所電子叢書 I 物語史研究の方法と展望』1999年。
 また、「青表紙本」が「枡形本」形態で流布したとするのも根拠不明。定家本、明融本、大島本ともに四半本。いわゆる第二次『奥入』(大橋本)は確かに枡形本ですが、これを以て「青表紙本」とは言わない。『明月記』の嘉禄元年(1226)二月十六日条 『源氏物語』五十四帖完成は、当該大橋本『奥入』の本文切除前のものとされるが、氏はこのことを指して立論しているいるわけではないし、 「枡形本」は陽明文庫本、阿仏尼本、三条西家証本、日大三条西家本なども多くあるが、これは氏の定義や言説分析の前提とは異なるのではないか。

 書誌学も理論同様、最前線の研究成果参照でお願いしたいと思います。
別窓 | 全国ツアーの巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<秦酒公の弾琴と『広陵散』 | 物語学の森 Blog版 | 道真「停習弾琴」覚書>>
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 物語学の森 Blog版 |