物語学の森 Blog版 明融本と大島本「帚木」巻の親近性
明融本と大島本「帚木」巻の親近性
2015-06-05 Fri 07:20
 大島本53帖が、「関屋」巻を除いて、飛鳥井雅康(1436年(永享8年)‐1509年(永正6年))との関わりを証明できないとなると、本文の素性も怪しくなってくるところです。しかし、既発表の報告の通り、「帚木」巻に関しては、明融本と大島本には、親子の書承関係ではないものの、本文の親近性は認められます。明融本が「給へれ」の「目移り」で飛ばした一行は、校合によって朱で補筆されたものであることが、阿仏尼本本文から類推される。ところが、大島本本文はその補筆本文を本行本文に書き入れたので、「給へれば」の重複異文として 保存されました。池田亀鑑が大島本を『校異源氏物語』の底本と定めた昭和7年(1932)当時は、明融本(昭和25年頃出現)も阿仏尼本(昭和41年出現)も当然、未見であったわけで、他の本文徴証を検討したのでしょうが、結果的に、当時としてはベストの選択であったことになるわけです。

 阿仏尼本 四六ウラ

もをゝきたれは・みだりかはしき中を
わけいりたまひてけはひしつるところ            =池、天理
にいり給へれはたゝひとりいとさゝやかにて
ふしたり・なまわつらはしけれとうへなる
きぬをしやるまてもとめつる人と思へり
中将めしつれはなむ人しれぬおもひの
しるしある心地してとのたまふをとも
かくもおもひわかれすものにをそはるゝ心地
してやとをひゆれとゝるをにきぬのさは
りてをとにもたてすうちつけにふかゝら

 明融本 四六ウラ

たよりはさゝざりけりき丁をさうしくちに
はたてゝ火はほのくらきにみ給へは・からひつ・た
つ物ともをゝきたれは・みだりかはしき中を
    てけはひしつる所に入給へれハ/ 飯島本補入「けはひ…ひとり」
わけいり給へればたゝひとりいとさゝやかにてふ
したり・なまわつらはしけれとうへなるきぬを
        中将君             源氏中将也 
しやるまてもとめつる人と思へり中将めしつれ
はなむ・人しれぬ思ひのしるしある心ちして
との給を・ともかくも思ひわかれす・物に・をそはるゝ
心ちして・やとをひゆれとどかをにきぬのさはりて

大島本 四六オモテ

かねを心みにひきあけ給へれは・あなた
よりはさゝさりけり・木き丁をさうしくちに 
はたてゝ・火はほのくらきにみ給へはからひ
つたもをゝきたれはみたりか
はしきなかをわけいり給れはけはひし
つる所にいり給へれはたゝひとりいと
さゝやかにてふしたり・なまわつらはしけ
れとうへなるきぬをしやるさ・てもとめ
   中将君         源氏官中将也
つる人と思へり・中将めしつれはなむ
 伊 しるしらす何かあやなくわきていはん思のみこそしるへ成けれ
人しれぬ\おもひのしるしある心地
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