物語学の森 Blog版 阿倍仲麻呂と『竹取物語』
阿倍仲麻呂と『竹取物語』
2015-05-12 Tue 07:57

かぐや姫と絵巻の世界―一冊で読む竹取物語 訳注付

 配布用に阿倍仲麻呂の伝記資料をまとめていたら、阿倍仲麻呂の祖父・父世代は、『竹取物語』の求婚者のモデル、キトラ古墳、高松塚古墳の被葬者の時代であることに改めて気づきました。刊行予定の『竹取物語』の論集に参加しましたが、このことには触れていません。『竹取物語』も一冊にまとめるつもりはあります。その歴史的背景として論じておきたいと思います。なお、当該テクストの補注にはこのことを若干言及しています。
 先の論集では、話の枕に、三浦しをん『舟を編む』で、後に馬締君の妻となる林香具矢の登場場面に触れようとして、これも省きました。またの機会の心覚えに書き留めます。

 阿倍仲麻呂傳 
○文武天皇2年(698年)阿倍船守長男として大和国生。
 ■同族の阿倍御主人(舒明天皇7年(635年) - 大宝3年閏4月1日(703年5月20 日))は『竹取物語』阿倍御主人。キトラ古墳被葬者のひとりと目される。
○霊亀3年・養老元年(717年)多治比県守率いる第9次遣唐使として、唐の都・長安に留学生として渡る。同行者に吉備真備や玄昉、井真成((734年)36歳、唐で没)。
 ■多治比県守の父・多治比島(推古天皇32年(624年) - 大宝元年7月21日(701年8月29日))は『竹取物語』石作の皇子のモデル。
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