物語学の森 Blog版 律令国家の「駅長」
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このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
律令国家の「駅長」
 霞ヶ関遺跡の南西、川越市的場駅南には、八幡前・若宮遺跡があり、平成に入ってからの発掘調査で、「驛長」の墨書土器が出土し、先の企画展でもその「驛長土器」が展示されていました。

  『源氏物語』「須磨」にも「むまやのおさ」が見えています(以下は、大島本の本文と傍記)。
 
 朱合点/ (墨傍記)菅丞相ハ物知らぬ馬屋のをさに対シテ歌作給ヘリ  
…むまやのおさにく
駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋
しとらするひともありけるを…

 ここは「句詩」か「口詩」かで意見の分かれ、5月刊行の『源氏物語』の論集でも卑説を書き留めました(近々、予告が出るでしょう-豪華執筆陣です)。

 古代山陽道の駅家、「葦屋駅」「須磨駅」「明石駅」を調べてみると、当時の移動距離に合わせて30里毎に駅舎が設けられていた由。

 なかでも、「須磨駅」と目される、その名もゆかしい神戸市須磨区天神町の旧前田邸宅跡には、元宮長田神社と西隣に「菅の井」があり、前田家は、毎年、大宰府神社に菅原道真ゆかりの「菅の井の水」を届けていた由。
 また、「明石駅」と目される、太寺廃寺(明石市太寺)の西隣に「菅公旅次遺跡」の碑があって、太宰府に向かう菅原道真と明石の駅長との出会いが伝えられている由。言うまでもなく、『源氏物語』「須磨」巻にも描かれた名所はここを指します。

 ともに、後代の歴史の跡付の可能性も否定できませんが、古代からの伝承として、『伊勢物語』の交通ともども、この点と線は無視できません。一度、尋ねてみる必要はあるでしょう。

2015-05-09 Sat 09:18
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