物語学の森 Blog版 小説家・池田亀鑑の活動時期は昭和8年までか。
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小説家・池田亀鑑の活動時期は昭和8年までか。

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 小説家・池田亀鑑の活動時期については、

 長野嘗一「小説家・池田亀鑑(その一、二、三)」『学苑』昭和女子大学光葉会、218.219.221号、1958年5月、1958年6月、1958年8月の(三) に小説リストがあります。これによると、デビュー作は、唯一・池田亀鑑名で著した作品でした。

大正8年(1919)「美しく悲しい安養尼のお話」「少女の友」8月、9月

 また長野氏作成リストの最後の作品は、青山桜州名義の
昭和6年(1931)「炎の白萩城」「日本少年」1月~12月
ということになっています。

 ところが、「「日本少年」不完全リスト」によれば、以下の三つのペンネームが確認されます。このうち、長野リストで補えるところもあるものの、さらに「日本少年」では筆を継いでいたことが知られます。昭和8年ともなると『校異源氏物語』は大島本が手許に置かれつつも、河内本による校本が作成されていた時期と言うことになります。先の長野論文によれば、リスト化は、池田家蔵書が3/2、他に岩下小葉家蔵書、実業之日本社藏本で確認したようですから、生前周囲にも活動を語りたがらなかった作家本人の没後となれば漏れは仕方がありません。
 なお、時間を見つけてコツコツ収集したいと思います。

 ●青山桜州「首のない若君」(昭和7年9月号~?) ※昭和8年11月号まで連載確認
 ●池田芙蓉「燃ゆる落日」(昭和7年1月号~?) 
また、後掲の村岡名の著作はリスト落ちしていました。
 ●村岡筑水「アフリカ密林の奥地人猿と人類との凄じい(原文ママ)戦ひ」(昭和5年11月号)」

以下、「不完全リスト」から池田亀鑑関係を抜粋し、■で長野リストのデータを補足しました。
 ●青山桜洲
・「髑髏島(どくろとう)」(昭和5年6月号?~12月号?)※昭和5年10月号から連載確認 ■長野リストで推測は正鵠と判明。
・「炎の白萩城」(昭和6年1月号~?) ※昭和7年1月号以前に終了 ■完結は「6年12月号」と長野リストで判明。
・「首のない若君」(昭和7年9月号~?) ※昭和8年11月号まで連載確認。)■長野リストになし。

●池田芙蓉
・「馬賊の唄」(?~?)※昭和5年10月号から6年6月まで連載確認 ■長野リストで前篇は大正14年11月~12月、15年1月(単行本化)。後篇は4年2月~12月号、5年1月~12月号と判明(単行本未刊)。
・「燃ゆる落日」(昭和7年1月号~?)■長野リストになし。

●村岡筑水
・「アフリカ密林の奥地人猿と人類との凄じい(原文ママ)戦ひ」(昭和5年11月号)■長野リストになし。 

2015-04-25 Sat 08:31
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