物語学の森 Blog版 野寺探訪
野寺探訪
2015-03-31 Tue 06:30



 我が家から、南西2.99㌔、週に数度通勤に利用していた武野(たけしの)通りを自転車で向かう。我が家周辺と同じ地形で、西に大きな崖があり、その通り道の坂を下ると経営する幼稚園。そして満行寺の伽藍が並びます。
 事前にお電話を差し上げて、『新編武蔵野国風土記稿』所引の「寺記」を見せて頂こうと思っていましたが、廃仏毀釈で寺が荒れ、再興してから三代目の現時点で、寺に文献は残っておらず、平成になってから設置したという山門の前の案内プレートのみが寺の歴史を語るものであると言う(リンク先参照)。ただし、故伊藤嘉夫先生揮毫の、擬・業平歌の歌碑がありました(逆光に自身が映り込んでいます。再チャレンジ予定)。




 向かいは、八幡太郎義家ゆかりの武野神社。ここにも妙音沢と同じく谷底となるところに湧き水があり、弁天社では子供達が、網で魚取り遊びをしていました。帰りは遠回りして大泉学園の桜通りで所用を済ませて帰宅。汗ばみました。
 伊藤嘉夫調べてみると、歌碑にある「跡見学園女子大学名誉教授」の称号を得たのは1984年、その後、亡くなったのはちょうどこの地に転居した1992年。その間の建立と云うことになります。その頃差し上げた転居葉書兼残暑見舞いの返信を萩谷先生から頂戴し、「新座と言えば、先日、伊藤嘉夫先生の学園葬に○○君らと跡見学園に行って来ました」とあったことを思い出しました。○○さんらは、当時、この学校の守衛さんをしながら大学院を終えた先輩。今は大学の付属高校校長兼理事をなさっておいでです。弟子がお世話になっていた方や組織への恩義を忘れず、義理を欠かさなかった先生の流儀を懐かしく思い出しました。
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