物語学の森 Blog版 『新編武蔵野風土記稿』と出典未詳和歌
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このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
『新編武蔵野風土記稿』と出典未詳和歌
  「野寺の鐘」「にいざの民話」には、業平と紀貫之とされる古歌が紹介されています。

 武蔵野の 野寺の鐘の 声聞けば 遠近(おちこち)人ぞ 道いそぐらん  (在原業平)
 はるばると 思いてもやれ 武蔵野の  ほりかねの井に 野寺あるてう   (紀貫之)

 「古典ライブラリー」の語彙検索を二日間、あれこれとしてみましたがみつかりません。
 ところが、関連語とされる「ほりがねの井」については『枕草子』の「井は」の筆頭にあげられていることに気づました。そこで注釈書を紐解いてみると、萩谷先生の『解環』によって、『磐斎抄』には、これを川越の地名としていること、さらに金子『評釈』が先の貫之詠を紹介していることを指摘しつつ、現存『貫之集』にこの詠歌が見えないことから再調査をした経過を記しています。その結果、金子説の根拠が、『大日本地名辞書』の引く『新記』なる文献に拠ったことを突き止めたのでした。そこで、旧稿を廃棄して他に典拠を求め、『集成』以降は『古今和歌六帖』の以下の詠を同時代和歌として挙げています。

 武蔵なる ほりかねの井の 底を浅み 思ふ心を 何に喩へむ

 また、この「掘りかねの井」については、「井戸を掘りかねて流れを堰とめただけの井堰」三巻(497-8頁)と規定していました。

 これを踏まえて、さらに今回調べてみたところ、『新編武蔵国風土記稿』(1809-1824年)「新座郡」「満行寺」に、

 武蔵野ノ野寺ノ鐘ノ声聞ケバ遠近人ゾ道イソグラン コレ在原業平天長三年(826)ノ詠ナリトイヘドモ寺記の外他ノ所見モナケレバイカゞアラン
 又世ノ歌仙三十六人ノ集ニ云モノアリコレモ後人ノテニナリシモノニテ信用シガタシとト云 ソノ貫之集ニ野寺ノ鐘ヲ詠ミシアレバ始クコゝニ記 ハル/\ト思イテモヤレ武蔵野ノホリカネノ井ニ野寺アルテウ コノ鐘亡失セシト云ヘルモ古ノ事ニヤ 文明ノ比ハ早此鐘ナカリケリト見エテ廻国雑記ニ云 野寺ト云ヘル所コゝニモ侍リ(略)

 とありました。江戸後期には二つの和歌の作者が以上のように伝えられていたと言うことでしょう。ちなみに業平は天長二年生(824-880)、数え二歳の詠歌ということになります。

『枕草子』
 井は、ほりかねの井。玉の井。
 はしり井は、逢坂なるがをかしきなり。
   山の井。などさしもあさきためしになりはじめけむ。
 飛鳥井は、「みもひもさむし」とほめたるこそをかしけれ。
  千貫(ちぬき)の井。少将井。さくら井。后町の井。


 

附記 『大日本地名辞書』の『新記』はあるいは、『編武蔵国風土稿』の略号か。
2015-03-30 Mon 08:01
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