物語学の森 Blog版 晩秋、雅楽の夜
晩秋、雅楽の夜
2014-11-28 Fri 08:00

写真は「蘭陵王」。
数年ぶりに国立劇場「日本雅楽会」の公演に出向きました。ちょうど「青海波」の論文を書いているところでしたから。原稿持参で、休み時間に諸本を再度読み比べる。異同は少なく、別本もあるかなきかの「紅葉賀」巻。

○尾州家河内本ー七毫源氏、高松宮、平瀬、(中業大学)大島本、一条兼良奥書本
  垣代などには殿上人も地下も、心殊なり、と世の人に思はれたる有識のかぎり選らせたまへり。輪台は衛門督、左兵衛督、みな上達部たちすぐしたまへるかぎり、手をつくしてとゝのへさせ給。舞の師どもなと世になべてならぬをとりつゝ(な)ん籠りゐて習ひける。小高き紅葉の蔭に四十人の垣代、言ひ知らず吹き立てたるものゝ音どもにあひたる山の松風、まことのみ山降ろしと聞こえて、吹きまよひ、いろ/\さと散りまがふ紅葉のなかより、青海波の輝きいでたるさまいみじうおそろしきまで見ゆ。


  狛近眞の『教訓抄』(1233年)によると、「青海波」は再編成によって七箇条の違いがあるという(『古今条々相違』)。

一、古ハ、舞人四十人ノ内、序二人、破二人、垣代三十六人。
  今ハ、破二人、楽四人、垣代三十人。
  各取反尾。右膝突居、取声歌末、打拍子。 (二、三、略)
四、古ハ『輪台』後度詠了、両所作輪、改着『青海波』装束。此間、楽屋吹『輪台』。度数無定。
  今ハ初度作レ輪・序破舞人、同改着装束。無再輪之儀。仍『輪台』急吹四反而巳。
五、古ハ『輪台』舞人入時、不置程、即吹『青海波』、立定時吹止、今ハ不吹止。  (六、七、略)

 平安時代の「輪台」の復原もいずれお願いしたいところです。
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