物語学の森 Blog版 戦前の女性文学者と『むらさき』、そして折口信夫
戦前の女性文学者と『むらさき』、そして折口信夫
2014-09-20 Sat 08:53
 戦前の雑誌『むらさき』の執筆者を眺めていると、女性歌人が重要な位置を占めていることが分かります。
かの村岡花子も
 「ちりめん紙の幻想」昭和11年2月
 「健康な青春」昭和14年3月
を寄稿しています。当時の『むらさき』の版元は厳松堂書店、これは、著名な学者夫妻で知られる波多野完治・勤子家の家業だったとのことで、雑誌統合ののちの『藝苑』も厳松堂書店から刊行されています。
 また、『藝苑』でも村岡花子は座談会に参加していました。
 「研究生活と結婚生活をどう両立させるか」評論家・村岡花子、医学博士・山本杉、波多野勤子。
 6巻2号、厳松堂書店、1949年2月
 この号、池田亀鑑は「源氏物語に描かれたる三つの友情」を寄稿。この号には学生時代の稲賀敬二の男女共学についてのエッセイも掲載されています。 『むらさき』『藝苑』はいずれも編集は池田亀鑑。
 『花を折る』にも、与謝野晶子、近江満子、北見志保子ら女性歌人との交流が書かれています。後者二人はいずれもアララギ派、折口信夫の名前も頻繁に出てきます。同じく同時代有力歌人の今井邦子の歌誌『明日香』二巻(昭和11年)数冊を入手したところ、同人の歌とともに、橘純一「我が国の結婚神話」、池田亀鑑「民族的活動の方位と上代文学」、久松潜一「万葉談義」ら国文学者の研究エッセイ、平塚らいてう「青鞜時代」の連載とともに、村岡花子もやはり翻訳ものの寄稿をしています。

 折口の家について、池田亀鑑は、北見志保子の発言として、今で言えば筆禍となりそうな微妙な書き方をしています。
「博士はやはり、釈超空として、そのご家庭が寂しかったように、孤独に生き、そのことを誇りにしてをられたのかもしれない」「私の家内などは、一度お留守にうかがって、留守番のお婆さんに、追払われたやうです。あの名物のお婆さんもいい人でした」「御養子の春洋さんが戦死なされたといふことは、何としても大きな打撃であつたやうです。北見さんのお説では、家庭には主婦といふものが必ずいなくてはゐけない。男所帯の先生は食事といふことをあまりに軽く見ておられたやうだ、とのことですが、たしかにさうでせう」「折口先生をしのぶ」
 池田亀鑑と折口には、必ず間に北見志保子が介在していたようで、巷間知られる奇才折口とは別の、『むらさき』を介した女性歌人、そして堀辰雄、室生犀生ら文壇との文学空間があったことを知りました。
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