物語学の森 Blog版 「未散不審」の『源氏』『枕草子』
「未散不審」の『源氏』『枕草子』
2014-09-16 Tue 07:52
 「耄及愚翁」の手になる三巻本『枕草子』。定家と思しき書写者が入手した本には、「所持本を無くしてしまい、借りた本で再度本文を書写したものの、絶対的な証本がないので、「不審」を拭えない」とある。
 そこで、定家自身の分かる範囲で校合したり、文献史料を参照して年月日等の注記をしたが、それでも誤謬はあるかもしれぬ、としています。これはある本に仮託した定家の韜晦とも読めます。どうもおなじみの文飾であって、ある本の信用度と言うより、むしろ奥書をどこまで信用するかと言う問題があります。

 本云 往事所持之荒本紛失年久 更借出一両之本令書留之 依無證本不散不審
但管見之所及勘合舊記等注付時代年月等 是亦謬案歟
 安貞二年(1228)三月 耄及愚翁 在判

『明月記』嘉禄元年2月16日(1225年3月26日)条
自去年(1224年)十一月、以家中小女等、令書源氏物語五十四帖。昨日表紙訖、今日外題、年来懈怠、家中無此物建久(1190-1199)之被盗了、無証本之間、尋求所々、雖見合諸本、猶狼藉未散不審。雖狂言綺語、鴻才之所作、仰之称高、鑚之称堅、以短慮寧弁之哉。

 前年(1224年(元仁元年))11月から家中の小女に書写させた「源氏物語五十四帖」が出来上がったので、昨日表紙付けを終え、今日外題を書いた。建久の頃に家の証本を盗まれて以来、証本が無かった間、善本を探し求め、諸本を校合してみたけれども、なお狼藉不審の箇所を解決できていない。物語は狂言綺語のものとは言いながら、鴻才(才能のある作者)の作るところ、※これを仰げば仰ぐほど高みにあり、これに切り込もうとすればするほど堅い世界であるから、短慮を以てこれを軽々に論ずべきものだろうか、いやそうではない。

 ※出典は「論語」子罕篇「顔淵喟然歎曰、仰之彌高、鑽之彌堅」による。孔子の偉大さを讃えた顔回の顰みに倣って、『源氏物語』作者を讃仰したペダンテックな文飾。

 共通点として、
 ①『枕草子』も『源氏物語』も定家の所持本がある。
 ②『枕草子』は書本の所持者がこれを無くし、定家の家の本は盗まれて、証本のない状態であったので、『枕』は紛失者が善本を探して本とし、これを定家が手に入れた。『源氏』は定家が善本を探して家の者に書写させた。両者ともに定家自身が入念に諸本を見合わせ、勘注を附した。
 ③ともに証本が完成したものの、いずれも本文の「不審」をぬぐい去ることは出来ない。

 『枕草子』の「耄及愚翁」は、署名がないけれども、藤原定家とほぼ特定されています。この常套句、言説編成、『更級日記』『拾遺集』にも語彙の重なるところがあるという。奥書をどこまで信用すべきものか、なにせ『松浦宮』では、「本のさう し うせてみえず」と結末の書かれた本文が行方不明になったことにした、若き日の定家のことゆえ、疑念はあれど、まだまだわからぬことばかり。



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谷 知子、田渕 句美子 他

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