物語学の森 Blog版

このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。

師走雑観 


 珍しく長短六本の原稿の締め切りを抱えている師走、2000字の新聞書評、自身の企画立案4000字二つ、科研報告書に目処が立ったので、例年通り帰省。見事渋滞にはまり、埼玉脱出に三時間。疲れ果てました。
 正月は架蔵の『日本少年』大正14年の各冊を読み込みます。七月号表紙は『馬賊の唄』の山内日出男少年と愛馬西風。高畠華宵の著作権は明日消滅。書影はすでに切れています。同号には青山櫻州『祖国のために』も連載中。小説家として、池田亀鑑が絶頂期にあった時期に当たります。
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『源氏物語』本文関係資料に関する共同研究@國學院大學



  クリスマスイブの午後は渋谷・國學院大學で『源氏物語』本文関係資料に関する共同研究報告会。都合八本の報告を聞く。圧倒的な情報量、しかも、最新の研究成果を惜しみもなくご披露いただきました。僕の報告に関しては、上野先生の二種類の『奥入』の成立順序に関して、中村先生の大島本の宮河印の有無による二種類の大島本の本文特性に関する報告と、ともに研究対象が被り、緊張。従来、池田亀鑑によって、四半本(尊経閣文庫定家自筆本、明融本)『奥入』を第一次、六半本(枡形本)大橋家蔵定家自筆本『奥入』を第二次と規定していたため、時折、不案内の研究者がこれを踏襲している論文を見かけますが、すでに待井新一氏以来、順序が逆であり、「いわゆる第▽次」と呼び慣わすべきこと、このことも再確認できました。『奥入』の成立と『源氏物語』伝本製作過程はセットですから、その成立順序は『源氏物語』伝本の製作過程と直結します。その定家本『源氏物語』は、最低でも三種の揃い本があったとされています。

○建久年間盗難本(1190-1198) 典拠 『明月記』 散逸
○元仁二年本(1225) 典拠『明月記』 六半本(枡形本)大橋家蔵定家自筆本『奥入』
○以降の定家本    四半本(尊経閣文庫定家自筆本)「花散里」「柏木」

このことを踏まえて、現在、広汎に普及する『源氏物語』本文(明融本、大島本)は、後代の四半本転写本であるということを報告しました(こちらでもご紹介いただきました)。
 また、宮河印の有無による表記の差異についての報告は、二例「すそろ」なる平安後期から中世に見られる語彙が、宮河印の無い、書写の新しい巻に二箇所見られるとのこと。ただし、これは大島本そのものが15世紀以に存在した写本から転写されたものですから、さらなる研究成果をお聞きしたいところです。
 なお、この報告会は、なんらかのかたちで継続されることを希望します。その際にはまたご報告いたします。



 日曜日は国立劇場で「仮名手本忠臣蔵」を花道脇で堪能(昨年12月東海道四谷怪談でした)。帰りがけの表参道ライトアップで年の暮れを実感しました。
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新海誠を学ぶ



 大詰めの演習は、いよいよ最後の研究調査報告を聞く。テーマ設定は任意。今年は映画に関するものが二本。そのひとつが『君の名は』の新海誠作品の分析でした。そこで、この監督が同郷、かつ著名な地元ゼネコンの息子さんだったことをはじめて知る。『君の名は』に現れる風景、見たことのあるような気がしていましたが、その理由が明らかとなりました。しかもこの11月にはボクもしたことのある佐久市交流文化館浅科の公開講座に登場したもよう(ボクのもFMで紹介されたり、新聞記事に載りました)。応募が400人で抽選になった由。世の中、まだまだ知らないことばかり。

「君の名は。」新海誠監督が“凱旋”講演会 作品の世界を紹介 長野・佐久
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渋谷2days



土曜日、青山学院大学で物語研究会例会。クリスマスツリーの写真は久しぶりかも知れません。


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 日曜日は國學院大學でうつほ物語を読む会。「国譲」下巻。春宮立坊に決着がつくあたり。この日は主宰の先生のお誕生日ということで、ケーキを食す。院生さんが▲7歳と仰っていましたが、これは数え。満なら5本で正解。「楼の上」にたどり着けるかどうか。ともあれ継続が大切です。
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吉海直人著『『源氏物語』「後朝(きぬぎぬ)の別れ」を読む 音と香りにみちびかれて』

 著者から『『源氏物語』「後朝(きぬぎぬ)の別れ」を読む 音と香りにみちびかれて』拝受。前著『「垣間見」る源氏物語 紫式部の手法を解析する』2008年の続編に当たる、「物語の手法」を解読したもの。2008年には『源氏物語の乳母学』もものしておられます。ぜひ御高架をお願いします。
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第3回「源氏物語の本文資料に関する共同研究会」のご案内

 今回が最終回となります。クリスマスイブ、渋谷に御参集ください。
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日時:2016年12月24日(土)13:00〜18:00
場所:國學院大學120周年記念2号館1階 2103教室
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河内本の本文の特徴 ―「紅葉賀」を中心に―     豊島秀範(國學院大學)
『源氏物語』蓬生巻の末摘花像の違いについて ―一四の伝本から―   太田美知子(國學院大學)
三条西家本源氏物語の形成過程に関する一考察     上野英子(実践女子大学)
大島本『源氏物語』の本文史と註釈史再考     上原作和(桃源文庫日本学研究所)
明融臨模本の和歌書写様式     神田久義(田園調布学園大学)
『源氏釈』古筆切拾遺     田坂憲二(慶應義塾大学)
本文と外部徴表の相関性   中村一夫(国士舘大学)
国文研 蔵橋本本「絵合」「松風」「藤袴」について   伊藤鉄也(国文学研究資料館)
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『読売新聞』昭和6年5月の池田亀鑑-池田本『源氏物語』のことなど


左 昭和6年5月5日付ラジオ欄/右 昭和6年5月5日付文芸欄

 現時点で最も古い池田亀鑑のラジオ出演記事は「読売新聞」昭和6年5月5日。「普通学講座」(5)を東京女子大学教授・倉野憲司とともに担当。肩書きは「大正大学教授」。翌6日は文芸欄で「國寶級の古書を掘出す-寂恵本「古今集」と八千圓の「源氏」」後者・『源氏物語』の記事中に登場。「昨年秋に開かれた関東西聯合古本大市に、形は四寸四方の眞四角な古寫本「源氏」五二帖(二帖缺本)」が「十五圓なにがし」で売り手がつかなかったところ、一誠堂書店が後日入札したものの、店舗に並べてわずか二時間、「相変はらず冷遇されていたのを、現代唯一の「源氏」蒐集家帝大教授池田亀鑑氏が発見し--同教授は古寫本「源氏」を七百種約一万冊を蒐集してゐる「源氏」通であるから--忽ち、それが前田侯爵家の青表紙秘蔵本と對照すべき、稀有の典籍であると目星をつけ、冷遇されてゐたままの値で買取つたさうであるが事実、侯爵家秘蔵本の残部五十二帖らしいので、それだと市價八千圓の國寶級の稀書である」と紹介され、一誠堂が価値を知って地団駄を踏んだ話としてまとめられています。これは天理図書館現蔵で、影印本刊行中の池田本出現の経緯のようです。
 さらに翌6日7面社会欄の下段には「国文學資料展」開催の紹介記事。大正大学郊北文学会が会長・高野辰之と池田亀鑑の蔵書百点を八・九日同学で陳列するというもの。これについては、大島本らしき本も「文明頃古寫 五十四帖」として出品されているし(池田本は目録には見えない)、徳富蘇峰も来訪したことが池田亀鑑の書簡から知られます。当時35歳、二年に渡る『馬賊の唄後篇』を前年末書き終え、なお、長編連載中の人気作家でもあった池田亀鑑が、研究者として「読売新聞」に三日間連続して登場していたことになります。このことは、資料を整理をしていて気付いたことです。

 参考・伊藤鉄也先生「昭和6年に大正大学で展示された古写本『源氏物語』」 

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池田亀鑑「 愛宕山の思ひ出」『花を折る』より

 池田亀鑑「 愛宕山の思ひ出」(1954年2月9日/NHK東京)はユーモラスな著者を知ることが出来る楽しい随筆のひとつ。日比谷の東京放送会館に移転する以前、まだ愛宕山に放送局があった二十数年前の話。生放送を終えてタクシーに乗ったところ、大勢のファンに車を囲まれ、「私はふと日本文学史の講義と結びつけた。私の話が評判になったんだなと合点した」と記して、放送内容の反響で大スターになったと御満悦でいたところ、タクシーが皇居前広場に差し掛かったあたりで、運転手から、第一放送で、林長二郎(長谷川一夫/1908-1984)の「金色夜叉」の放送があり、かの長二郎を待っていたファンによって件の騒動になったと言う説明を受けて得心。清少納言なら、さしずめ「はしたなきもの」に入れるだろう、「同種類の錯覚」であったと締めくくった話。

 調べてみると、映画として1932年『金色夜叉』( 製作:松竹キネマ蒲田撮影所/寛一:林長二郎、お宮:田中絹代)が製作されて大ヒットしていることから、その前後だとすると、池田亀鑑の言う「文学史」とは昭和6年の「国語」、大騒ぎになったのは、翌7年1月12日、第一で午後8時50分から9月40日まで長二郎が間貫一、お宮か田中絹代の「新釈金色夜叉」が放送され、第二で7時30分から8時15分まで池田亀鑑が「国語」を担当してニアミスした、その夜の出来事と特定できました。

 なお、『花を折る』には、(NHK放送二九・一一・九)とありますが、11月前後は古典講座を連続して担当している繁忙期、二の漢字の本文転化、実際は2月9日放送のようです。
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池田亀鑑ラジオ出演全記録(稿)

 池田亀鑑のラジオ出演一覧(稿)。長野嘗一氏が「ジャーナリスト」と記しているのに違和感がありましたが、戦前戦後を通じ、長期間にわたって日本の古典を講じており、文字通りの著名人であったことが判ります。放送原稿のいつくかは随筆集『花を折る』所収。また、昭和31年6月、二回にわたって放送された「日本の古典「枕草子」」は音声データが現存。二回の脳梗塞で体が不自由になっていたとのことですが、発音明瞭、三巻本、前田家本を駆使しつつ、明解に『枕草子』の世界を論じています(当時のブログは昭和28年としていますが、昭和31年とここで訂正します)。末尾の数字は 昭和年号の放送日 ●=放送日不明。
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1931 昭和/●=放送日不明
普通学講座 国語 JOAK(NHK東京)第二 6.4.7 国語科 第2放送テキスト国語講義 日本放送出版協会
普通学講座 国語 JOAK(NHK東京)第二 6.5.5 読売新聞ラジオ欄
普通学講座 国語5 浦の苫屋 JOAK(NHK東京)第二 6.6.1 読売新聞ラジオ欄
普通学講座 国語13  JOAK(NHK東京)第二 6.6.30 読売新聞ラジオ欄
普通学講座 国語  JOAK(NHK東京)第二 6.7.21 国語科 第2放送テキスト国語講義 日本放送出版協会
1932
普通学講座 国語 JOAK(NHK東京)第二 7.1.12-3.22 国語科 第2放送テキスト国語講義 日本放送出版協会
普通学講座 国語 JOAK(NHK東京)第二 7.7.1-3
普通学講座文学史 平安時代 JOAK(NHK東京)第二 7.4.12-7.19 平安時代 第2放送テキスト普通学講座文学史 日本放送出版協会
普通学講座 国語 JOAK(NHK東京)第二 7.7.4

1933
家庭大学講座 王朝文学と女性 JOAK(NHK東京)第一 8.2.14 読売新聞ラジオ欄
家庭大学講座 女流文学を貫く「愛」 王朝文学と女性第二講義 JOAK(NHK東京)第一 8.2.21 読売新聞ラジオ欄
家庭大学講座 王朝文学と女性 JOAK(NHK東京)第一 8.2.●
家庭大学講座 国文学を通じてみたる日本の女性4 王朝文学と女性2 女流文学を貫く愛 JOAK(NHK東京)第一 8.2.28 読売新聞ラジオ欄
1935
月の宴 JOAK(NHK東京) 10.10.12 朝日新聞ラジオ欄
1936
源氏物語 その他 JOAK(NHK東京) 11.4.21-7.30 源氏物語 その他 ラジオ・テキスト国文講読 日本放送出版協会
1938
国文学における現はれた「あはれ・幽玄・さび」 JOAK(NHK東京) 13.3.22
1939
国文学に現はれた誕生の祝 JOAK(NHK東京) 14.3.●
平安時代の日記文学 JOAK(NHK東京) 14-6.2-13
1940
平安時代日記文学 JOAK(NHK東京) 15.4.21-5.30 平安時代日記文学 ラジオ・テキスト国文講読 日本放送出版協会
1943
国文学にあらはれたるもののふの道 NHK海外 18.11.25
1950
つつじ JOAK(NHK東京) 25.5.● 花を折る
蛍 JOAK(NHK東京) 25.6.● 花を折る
試験 JOAK(NHK東京) 25.7.● 花を折る
夏の月 JOAK(NHK東京) 25.8.● 花を折る
コスモス JOAK(NHK東京) 25.10.● 花を折る
冬を待つ心 JOBK(NHK大阪) 25.11.● 花を折る
私のふるさと JOBK(NHK大阪) 25.11.● 花を折る
1951
用水桶 JOAK(NHK東京) 26.1.● 花を折る
青い星 JOBK(NHK大阪) 26.1.●
読書『源氏物語』について JOAK(NHK東京) 26.9.8
嵯峨野の秋 JOBK(NHK大阪) 26.9.21 花を折る
奈良の黄菊 古典からの訣別 或る歌の友人へ JOBK(NHK大阪) 26.10.8 花を折る
御所の白砂 JOAK(NHK東京) 26.11.3
暁の野の宮 JOBK(NHK大阪) 26.12.●
1952
春の光 JOAK(NHK東京) 27.1.7
大山の春 JOAK(NHK東京) 27.3.10 花を折る
たまご JOAK(NHK東京) 27.3.27 花を折る
季節感について ラジオ東京 27.3.27 花を折る
墓の前と後 JOAK(NHK東京) 27.6.14 花を折る
仏法僧 JOAK(NHK東京) 27.7.28 花を折る
私の研究と人生 JOAK(NHK東京) 27.9.3
月・火・秋草 JOAK(NHK東京) 27.9.22-24
池袋 JOAK(NHK東京) 27.11.27 花を折る
1953
春の音 JOAK(NHK東京) 28.3.19 花を折る
茶の間随想 JOAK(NHK東京) 28.4.9
日本の古典『伊勢物語』 JOAK(NHK東京) 28.5.29
砂丘 JOAK(NHK東京) 28.6.10 花を折る
源氏物語 JOAK(NHK東京) 28.6.11
日本の古典『枕草子』 JOAK(NHK東京) 28.6.25
村芝居 JOAK(NHK東京) 28.9.8 花を折る
日本の古典『土佐日記』 JOAK(NHK東京) 28.9.18
日本の古典『更級日記』 JOAK(NHK東京) 28.9.25
日本の古典『今昔物語』 JOAK(NHK東京) 28.10.9
1954
愛宕山の思ひ出 JOAK(NHK東京) 29.2.9 花を折る
日本の古典「古典の精神発展」 JOAK(NHK東京) 29.3.12
日本の古典「古典と人間形成」 JOAK(NHK東京) 29.4.9
日本の古典「枕草子の本質」一 JOAK(NHK東京) 29.6.25
日本の古典「枕草子の本質」二 JOAK(NHK東京) 29.7.2
日本の古典「古典と近代文学」 JOAK(NHK東京) 29.7.9
日本の古典『更級日記』 JOAK(NHK東京) 29.10.●
日本の古典『竹取物語』 JOAK(NHK東京) 29.11.5
日本の古典『堤中納言語』 JOAK(NHK東京) 29.11.12
日本の古典『源氏物語』一 JOAK(NHK東京) 29.11.19
日本の古典『源氏物語』二 JOAK(NHK東京) 29.11.26
1955
八岐の大蛇 JOAK(NHK東京) 30.1.10 花を折る
古典の民族精神 JOAK(NHK東京) 30.3.6
ひげ JOAK(NHK東京) 30.3.12 花を折る
日本文学にあらはわれた天皇 JOAK(NHK東京) 30.4.29
活動大写真 JOAK(NHK東京) 30.5.8 花を折る
泥棒 JOAK(NHK東京) 30.7.7 花を折る
風流 JOAK(NHK東京) 90.9.7 花を折る
源氏物語に描かれた作者の像 その一 妻としての明石の上 JOAK(NHK東京) 30.10.4
源氏物語に描かれた作者の像 その二 母としての明石の上 JOAK(NHK東京) 30.10.7
枕草子に再生した白楽天の詩 その一 花の心開く JOAK(NHK東京) 30.10.14
枕草子に再生した白楽天の詩 その二 牡丹の蕾 JOAK(NHK東京) 30.10.28
枕草子に再生した白楽天の詩 その三 秋の月の心 JOAK(NHK東京) 30.10.28
日本古典と高校に於ける国語教育 JOAK(NHK東京) 30.12.●
1956
柿 JOAK(NHK東京) 31.1.5 花を折る
学校高校放送の時間における古典朗読について JOAK(NHK東京) 31.3.15
幻想(羽衣) JOAK(NHK東京) 31.4.10 花を折る
一つの言葉をとらへて古典の命をあきらかにする JOAK(NHK東京) 31.4.13
日本の古典「枕草子」一 JOAK(NHK東京) 31.6.8 音声現存
日本の古典「枕草子」二 JOAK(NHK東京) 31.6.20 音声現存
題不明 JOAK(NHK東京) 31.7.2
高校放送とその利用-「日本の古典」を通して JOAK(NHK東京) 31.●.●

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※木田園子編「池田亀鑑博士著述総目録」「学苑」324号、1966年(昭和41)12月、『花を折る』中央公論社、1959年、『桃園文庫目録』下巻、東海大学所蔵ラジオテキスト、読売新聞・朝日新聞ラジオ欄をもとに作成
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池田亀鑑戦前のラジオ出演記事

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昭和8年(1933)2月14日 朝日新聞・朝刊「ラヂオ」
 家庭大学講座
 『王朝文學と女性』
 後2・00 池田亀鑑

 王朝時代は日本文学史上、宮廷を中心とする女性の文藝が、もつとも華やかな光彩の中に、繁栄の全面を現出した時代である。

私達はこの時代においてのみ多くの女流作家群を、不朽の星影として日本文学史上に仰ぎ見ることが出来ると思ふ。それ等の作家及び、作中の女性達は、今や一千年の「時」をへだてながら、しかも永遠に滅ぶことなき「女性」の諸相を語つている。

 彼等の憂ひ、哀しみ、よろこびは今日といへども決して古典として死滅した形骸ではない。むしろ、生々として「今」を生き、「未来」にも生きる永遠の女性の眞実である……といふやうなことについて話したいと思ふ 

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昭和10年(1935)9月12日 朝日新聞・朝刊「ラヂオ」
月の宴 朝十時三十分より 池田亀鑑
 我が国は温和なそして優雅な自然に恵まれ、多くの典雅な自然観照の文藝を生んだ。月雪花に對する詠嘆は日本文学の重要な部分を占めてゐる。就中月はあらゆる様式の作品の背景となり、特に抒情文學の中心的な題材となつてゐる。中秋の明月を鑑賞する優雅な行事たる月の宴も、月に對する文學的行事として行はれたものと見て差支はない。即ち文學を愛好する人人が、秋の月のもつ清澄の美を賞しつゝ、それを主題又は機縁として詩文を創作して一夜をおくるのが月の宴である。

 『朝日新聞』に見える池田亀鑑のラジオ記事は二つ。戦後もさかんに出演していることは『花を折る』に、その放送原稿が掲載されていることから知られます。昭和8年は、東大国文科副手時代の最終年、大幅に減ったものの、まだ小説『首のない若君』も書いていた時期にあたります(だだし、翌9年助教授昇格により筆を折っています)。ちなみに社団法人東京放送局(JOAK:現在のNHK東京ラジオ第1放送。略称:AK)がラジオの本放送を始めたのは、1925年(大正14年)3月22日9時30分でした。


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