物語学の森 Blog版 2016年05月
物語学の森 Blog版
このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
明治時代の女子古典教育
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 先日来、女性の漢文素養の問題が話題となっているので、ともあれ、120年程前、明治中期の女学校のカリキュラムを調べてみました。論文執筆者の調査によれば、担当は当代一流の講師陣、与謝野寛(国文)、落合直文(国文)、増田于信(国文歴史)、服部躬治(国文)だった由。『竹取物語』の時代も、求婚難題物は、日本の陸地にはない、唐渡りのものばかり。漢文が読めないと有り難さが分からないはずです。

明治27年改正跡見女学校「課程表」
本科四年級
国語
古事記
栄花物語
近古近世 史ノ口授
文法口授
源氏物語抄読
万葉集抄読
作文作歌
国漢
春秋左氏伝
中庸
史記列伝

本科三年級
国語

保建大記
大鏡
中古 史ノ口授
文法口授
源氏物語抄読
万葉集抄読
作文作歌
国漢
論語
文章軌範
劉氏列女伝
元明史略

本科二年級
国語

上古 史ノ口授
伊勢物語抄読
十六夜日記
紫式部日記
古今集
作文作歌
国漢
十八史略
小学句読
孟子
女四書
水鏡
増鏡

本科一年級
国語

神皇正統記
日本外史
徒然草
土佐日記
竹取物語
作文作歌
国漢
蒙求
大学
十八史略

2016-05-30 Mon 06:12
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学習院、そして自転車再開。
 学習院で物語研究会例会。休憩時間に史料館で幕末の学習院を学ぶ。発表ニ本も充実。

 昨年来避けて来た夜の自転車を再開。坂の緩やかなルートを選んで帰宅。あれから一年、まだ縦の距離感が分かっていないことに気付く。小さい字が観にくいのでカバンに父の形見の虫眼鏡を入れています。秋にはくっきり見えてきそうな気配。手足の傷はあっと言う間に治癒しますが、網膜振盪症は長期に渡ることもあります。治療法もあれこれ調べて今に至ります。

2016-05-29 Sun 08:09
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『風立ちぬ』の昭和
 

 話の前提にも関わらず、学生が知らない、読んだことがないことが判明したので、とりあえず。ダイジェストを見せたところ、「観に行きたい」との声が挙がりました。

 作中の草軽ホテルの赤い屋根は上高地帝国ホテル。これを軽井沢のホテルの設定としたようです。関東大震災の時代。高原で絵を描く里見菜穂子の吐血のシーンが生々しく、結核のイメージが喚起されるのはよいが、美化されすぎるのもまた問題。手当の手段がなかった時代には結核菌が全身を破壊してゆく恐ろしい病気だったことも必ず話す必要があります。もちろん、医学の進んだ現代は根治可能。高校時代、石屋さんの友人が結核で3ヶ月ほど入院し、お見舞に行ったことを思い起こしました。昭和も終わり頃の話です。


映画・風立ちぬ
2016-05-28 Sat 07:45
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紫の上の病勢
   昨日の紫の上結核説が気になり、本文を見直してみました。「御胸を悩みたまふ」は、咳、喘息、痰、「御身もぬるみて、御心地もいと悪しけれ」は発熱、 寝汗、さらに人事不省でしょうが、「御法」巻に以降の発作は「いとおどろおどろしうはあらねど」とあるように、血痰、吐血等は描かれず、全身の衰弱が進んでいることが分かります。

 となると、「若菜」下巻の症状は、心臓発作・心筋梗塞の症状のようにも読めますが、当時、心肺停止後の蘇生が可能とは思えず、酒井シズ、加藤茂孝両氏のような診断になるのでしょう。「御法」巻では、和歌の唱和もあり、心筋梗塞だとすると、「若菜」下巻時の蘇生後、脳血管障害によって身体の自由が利かなくなることことも想定されますが、それも書かれていません。衰弱死ということになるのでしょうか。なお、調べてみます。

若菜・下巻

 暁方より、< 紫>御胸を悩みたまふ。人びと見たてまつり扱ひて、 「御消息聞こえさせむ」 と聞こゆるを、 < 紫>「いと便ないこと」 と制したまひて、堪へがたきを押さへて明かしたまひつ。御身もぬるみて、御心地もいと悪しけれど、院もとみに渡りたまはぬほど、「かくなむ」とも聞こえず。

 …大殿の君は、まれまれ渡りたまひて、えふとも立ち帰りたまはず、静心なく思さるるに、 「絶え入りたまひぬ」 とて、人参りたれば、さらに何事も思し分かれず、< 六条院>御心も暮れて渡りたまふ。
 …すぐれたる験者どもの限り召し集めて、 「限りある御命にて、この世尽きたまひぬとも、ただ、今しばしのどめたまへ。不動尊の御本の誓ひあり。その日数をだに、かけ止めたてまつりたまへ」 と、頭よりまことに黒煙を立てて、いみじき心を起こして加持したてまつる。院も、 「ただ、今一度目を見合はせたまへ。いとあへなく限りなりつらむほどをだに、え見ずなりにけることの、悔しく悲しきを」 と思し惑へるさま、止まりたまふべきにもあらぬを、見たてまつる心地ども、ただ推し量るべし。いみじき御心のうちを、仏も見たてまつりたまふにや、月ごろさらに現はれ出で来ぬもののけ、小さき童女に移りて、呼ばひののしるほどに、やうやう生き出でたまふに、うれしくもゆゆしくも思し騒がる

御法
 紫の上、いたうわづらひたまひし御心地の後、いと篤しくなりたまひて、そこはかとなく悩みわたりたまふこと久しくなりぬ。いとおどろおどろしうはあらねど、年月重なれば、頼もしげなく、いとどあえかになりまさりたまへるを、院の思ほし嘆くこと、限りなし。
< 紫> 「今は渡らせたまひね。乱り心地いと苦しくなりはべりぬ。いふかひなくなりにけるほどと言ひながら、いとなめげにはべりや」 とて、御几帳引き寄せて臥したまへるさまの、常よりもいと頼もしげなく見えたまへば、 「いかに思さるるにか」 とて、< 明石中>宮は、御手をとらへたてまつりて、泣く泣く見たてまつりたまふに、まことに消えゆく露の心地して、限りに見えたまへば、御誦経の使ひども、数も知らず立ち騷ぎたり。先ざきも、かくて生き出でたまふ折にならひたまひて、御もののけと疑ひたまひて、夜一夜さまざまのことをし尽くさせたまへど、かひもなく、明け果つるほどに消え果てたまひぬ。

 

2016-05-27 Fri 06:30
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紫の上結核説
 授業で何年も戦前の結核文学を扱っているので、遡って古代の結核を調べてみたところ、理化学研究所の加藤茂孝氏の医学論文に詳細な報告がありました。御著書にまとめられてありますが、ともあれ、平安時代文学に関しては、これに注目した論文を見ないので、大事な部分を引用します。なお、萩谷先生の『新潮日本古典集成 枕草子』下巻(新潮社、初版1977年、12刷2000年-引用は後者)の「病は(180段)」では『内科秘録』『小右記』寛仁二年五月二七日条、『台記』久安二年十二月三日条を引き、男子の胸の疾病を肋間神経痛とし、『落窪物語』巻二の落窪姫の病状を温石治療を進めているから胃痙攣と推定、結果として「本段の女房の胸病を胃痙攣と見る可能性が高い(83頁)」とあります。胸と胃は違うとは思うのですが、とりあえず。

 以下、該当部分引用します。

3. 枕草子と源氏物語に書かれた結核

 結核は、近代になって病理学的に疾病として確立してからの名前である。病態としては肺結核、腸結核など多岐にわたるが、人々に結核の代表的なイメージを形成させた肺結核は、平安時代には「胸の病」と呼ばれた。清少納言の『枕草子』(996 年頃成立)に、「病は、胸、もののけ、あしのけ、はては、ただそこはかとなくて物食われぬ心地」とある。胸の病には、当然心臓病も含まれていたが、多くは結核であったとされる⑦。
 清少納言は「白き単(ひとえ)なよらかなるに、袴よきほどにて、紫苑の衣のいとあでやかなるをひきかけて、胸をいみじう病めば、友達の女房など、数々きつつとぶらひ、外のかたにも、わかやかなる公達あまた来て、「いといとほしきわざかな、例もかや悩み給ふ」など、こ(と)なしびにいふもあり」と書いており、若い女性の胸の病に人々は深く同情している。同じ時期に書かれた『源氏物語』(1008 年頃成立)にも、紫の上が胸の病を患い、光源氏が悲しんでいる様子が語られている。紫の上は、肺結核だった!
 これらは、平安時代の描写であるが、まるで、昭和期の堀辰雄「風立ちぬ」の描写そのままである。平安時代も近現代も、結核は若者を多く冒した。若者、特に若い女性の結核は、多くの同情を呼び、数多の「結核文学」とでも言うべき文学作品の系列を生んでいるが、そのはじまりが枕草子に見られる。

 註⑦酒井シヅ「病が語る日本史」講談社学術文庫、2008 年

加藤茂孝「人類と感染症との闘い―「得体の知れないものへの怯え」から「知れて安心」へ ―第 3 回「結核」-化石人骨から国民病、そして未だに」「モダンメディア」55 巻 12 号 2009年 栄研化学株式会社  +引用本文に脱落があったので( )を補った。

2016-05-26 Thu 06:52
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自治体の対応で学んだこと。
 法人の関係で複数の自治体職員さんに対応して頂き、法人税に関する所定の目的を達成、来年度以降はルーティンワークをこなして行けばよいことになりました。自治体にはおよそ一件しかない特殊な運用形態の法人を作ったため、条例がまったく同文の解釈に関して、各自治体で対応に差が出て、某課では結論に四ヶ月、おなじ内容で別の自治体某課では二日。しかも、後者は課長が出張で当日裁可が出来なかったというスピード決裁。
 さらに、前者は「近隣自治体に、お申し出のような対応をしているところはないので却下」と明らかに事実誤認の電話があったので、こちらで条例や各自治体の対応まで書類を揃えて、丁寧に文書で申し入れしたり、昨年6月の市議会で取り上げていただいたところ、副市長から、埼玉県内では13自治体に減免条項があることがここではじめて報告されると言う、無茶苦茶な展開。つまり、担当課はろくに確認もしないで、適当に答えていたことになります。

 いっぽう、後者の担当者さんはこちらの「定款」を事前に確認してくださり、二度目の電話の前におおよその話をまとめておいてくださるという、親身の対応。自治体によってまったく違う対応だということ、たいへんな社会勉強となりました。

  自治体を揺るがす「トンデモ課税ミス」の惨状 

  固定資産税の過徴収返還金に8億円見込む

固定資産税の課税ミスの返還金は、予算額8億円超!

2016-05-25 Wed 05:50
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早稲田大学図書館蔵・伝一条兼良筆「桐壺」巻断簡二葉
 早稲田で中古文学会大会。井深大の名を冠した国際会議場だけあって、音響は今までで最も良かった気がします。九曜文庫の展観は、伝一条兼良筆「桐壺」巻断簡二葉に再会。数年前の展観にも陳列されていましたが、現在はかなり鮮明な画像も提供されており、本文・書き入れ注記はこれで確認できます。都電でご一緒したK先生の御教示に依れば、このうちの一葉は九曜文庫所蔵品ではなく、図書館で購入した由。本文は朱の青表紙本の校合があるとのこと。『古筆学大成』にも掲載されていた古筆はこのツレで、「奥書」によれば「兼良」自筆であること、などなど、多くの知見を得ました。なお、『源氏物語に関する展観書目録』(東京帝国大学文学部国文学研究室編、昭和7年、岩波書店)の口絵にも、一条兼良筆・「紅葉賀」巻(文君なといひけんむかしの人も・かくやおかしかりけんとみみとまりたまふ)が掲載されており、『今こそ知りたい池田亀鑑と源氏物語』第二集・新典社、2013年に転載されています。

 大島本『源氏物語』の奥書によると曼珠院良鎮が父・兼良所持の河内本で校合し、注記を書き入れしたとあるから、その関連をざっと調べてみると、大島本の該当個所には書き入れは少なく、むしろ明融本の書き入れに一致するものが多く、頭の中で整理がつかなくなりつつありますが、ともあれ覚え書き。

大-大島本にあり
明-明融本にあり

明<朱合点> 夕殿蛍飛思悄然/秋灯挑尽未能眠(白氏文集「長恨歌」)
大・明<朱合点> たますたれあくるもしらすねし物を/ゆめにも見しと思ひかけきや(伊勢集)
明<朱合点> 春宵苦短日高起/従此君王不早朝(白氏文集「長恨歌」)

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2016-05-23 Mon 05:21
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昭和の台所を学ぶ


補講は、教室を出てナウマン象からハチ公までの渋谷の歴史を学びました。初等部では行事があったようで、近道の通行を断られ、短大正門から回り道しましたが、梨園の御一家とすれ違う。写真は戦前の昭和の台所を熱心にチェックしているところ。この後、お茶をして早稲田へと向かいました。

2016-05-22 Sun 06:26
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お世話になりました

 映画のモデルになった学校にお世話になりました。水田の田植え真っ盛りです。

2016-05-20 Fri 07:50
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「五色龍歯」を学ぶ。
 

 『竹取物語』の導入は、倭国と朝貢外交、仏教伝来、シルクロード、遣唐使、鑑真、阿倍仲麻呂と来て、本日は、唐物。「五色の龍歯」が「龍の首の玉」の発想の淵源となっている自説を披露。学生はそれより、紫檀螺鈿五絃琵琶や「木画-『枕草子』三巻本第一類に「もくゑ」とある」等に関心を持ったもよう。
2016-05-18 Wed 05:36
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