物語学の森 Blog版 2015年07月
物語学の森 Blog版
このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
秦酒公の弾琴と『広陵散』
 『日本琴學史』加筆中。
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 日本の平安時代文献以前では「コト」と言えば、一般に「和琴」のことであるとされてきたものの、『日本書紀』雄略天皇(四十二)秦酒公の琴は、渡来氏族の琴であるから和琴ではあり得ず、七絃琴でなければならない。秦酒公の琴は免罪を訴えたものであり、後述する石上乙麻呂の「彈琴顧落景」の詩境に通う、『広陵散』の嵆康が刑死に臨んでの弾琴を踏まえているものと判明する。
十二年夏四月丙子朔己卯、身狹村主靑與檜隈民使博德、出使于吳。冬十月癸酉朔壬午、天皇、命木工鬪鶏御田(一本云「猪名部御田」蓋誤也)始起樓閣。於是、御田登樓、疾走四面、有若飛行、時有伊勢采女、仰觀樓上、怪彼疾行、顚仆於庭、覆所擎饌。(饌者、御膳之物也)天皇、便疑御田姧其采女、自念將刑而付物部。時秦酒公、侍坐、欲以琴聲使悟於天皇、横琴彈曰、
柯武柯噬能 伊制能 伊制能奴能 娑柯曳鳴 伊裒甫流柯枳底 志我都矩屢麻泥爾 飫裒枳瀰爾 柯拕倶 都柯陪麻都羅武騰 倭我伊能致謀 那我倶母鵝騰 伊比志拕倶彌皤夜 阿拕羅陀倶彌皤夜
於是天皇、悟琴聲而赦其罪。
十二年(四六八年)の夏四月の丙子の朔己卯に、身狹村主靑と檜隈民使博德とを、呉に出使す。冬十月の癸酉の朔壬午、天皇、木工鬪鷄御田(一本に、猪名部御田と云ふは、蓋し誤なり。)に命じて、始めて樓閣を起りたまふ。是に、御田、樓に登りて四面に疾走ること、飛び行くが若き有り。時に伊勢の采女有りて、樓の上を仰ぎて觀て、彼の疾く行くことを怪びて、庭に顛仆れて、擎ぐる所の饌(饌は、御膳之物なり)を覆しつ。天皇、「便に御田を其の采女を奸せり」と疑ひて、<刑さむ>と自念して、物部に付ふ。時に秦酒公、侍に坐り。「琴の聲を以て、天皇に悟らしめむ」と欲ふ。琴を横へて彈きて曰く、
  神風(かむかぜ)の 伊勢の 伊勢の野の 栄(さか)枝(え)を 五百(いを)経(ふ)る析(か)きて 其(し)が尽くるまでに 大君に 堅く 仕へ奉ら 
むと 我が命も 長くもがと 言ひし工匠はや あたら工匠はや
是に、天皇、琴の聲を悟りたまひて、其の罪を赦したまふ。
 「楼閣」と「琴」は『うつほ物語』音楽伝承の型の先蹤とも言えるものであり、また身に覚えのない罪を晴らすことにより、君子の過ちを正すのは、琴そのもののの徳義性の浸透がすでに窺えると言えよう。

2015-07-30 Thu 09:32
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越後へ。



 この夏前半最後の遠征は新潟。大宮から新幹線に乗りましたが、当地は吹く風がまだ乾いている感じ。ご当地の里芋で作った「つけ麺」を食しましたが写真を撮り忘れました。次は磐越西線で会津まで行ってみたいと思います。

 新幹線お供は、先日頂戴した東原伸明さん『土左日記虚構論-初期散文文学の生成と国風文化』。

 全編、氏の世界が横溢する圧倒感があるのだけれど、疑問点も浮上。抜き刷りも頂戴していたはずですが、第8章「『土左日記』の言説分析」の特に第3節は研究史の把握と言う意味でほぼ「?」の論述。この点は発表時にも指摘したように思いますが、記憶の曖昧なところがあります。

 摘記すると、
○平安時代のかな散文は「枡形本」で書写され、『古今和歌集』などの歌学的カノンは大型本で書写された。190頁
○「青表紙本」も「枡形本」で同様の「小ささ」である。190頁
○三谷論文は、能因本跋文から『枕草子』の成立を論じているのに、掲出本文は三巻本。191-192頁
○第10章注10 承平四年を1595年、文暦二年を1895年とするのは神武天皇即位紀元の皇紀。『古典の批判的処置に関する研究』(1941年)によったものであろうが、本文、注記ともに当該書参照とはない。263頁

 「枡形本」-六半本や四半本での書物の流布は『源氏物語絵巻』東屋にも見えているように、平安末-鎌倉時代の話で、平安時代中期は書物形態の移行期にあり(拙著「ありきそめにし『源氏の物語』」『光源氏物語學藝史』参照)、巻子本-東博本『古今集』仮名序等、折本-『古筆手鑑』各種などが代表的なもの。野村精一氏は『紫式部日記』の「御冊子造り」が仮綴じにせよ、綴葉装が文献に見える始発と規定し、前提として参照する玉上琢彌『古典の心』の「枡形本」流布説を一蹴されています「なぜ、いま、さごろも、か??序にかえて」『実践女子大学文芸資料研究所電子叢書 I 物語史研究の方法と展望』1999年。
 また、「青表紙本」が「枡形本」形態で流布したとするのも根拠不明。定家本、明融本、大島本ともに四半本。いわゆる第二次『奥入』(大橋本)は確かに枡形本ですが、これを以て「青表紙本」とは言わない。『明月記』の嘉禄元年(1226)二月十六日条 『源氏物語』五十四帖完成は、当該大橋本『奥入』の本文切除前のものとされるが、氏はこのことを指して立論しているいるわけではないし、 「枡形本」は陽明文庫本、阿仏尼本、三条西家証本、日大三条西家本なども多くあるが、これは氏の定義や言説分析の前提とは異なるのではないか。

 書誌学も理論同様、最前線の研究成果参照でお願いしたいと思います。

2015-07-28 Tue 05:23
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道真「停習弾琴」覚書
 科研費研究成果公開促進費の原稿も追い込み。「琴學史」概説に以下を書き加えました。詳しくは『光源氏物語學藝史』参照。
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貞観十二年(八七〇)頃、菅原道真は、「弾琴習ふを停む」(『菅家文草』巻一)を書き残している。
 停習弾琴
偏信琴書学者資 三余窓下七条糸
専心不利徒尋譜 用手多迷数問師  
断峡都無秋水韻 寒烏未有夜啼悲
知音皆道空消日 豈若家風便詠詩

「三余窓下」は白楽天の「北窓三友」を踏まえる。「秋水韻」は竹林の七賢、阮咸の「三峡流泉」、「夜啼悲」は李白の詩を琴曲とした「烏夜啼」を詠み込んでいる。また「知音皆道空消日」は、伯牙、鍾子期の「知音」の故事を踏まえている。もちろん、『白氏文集』の影響が強く楽天が琴を携行して江州(現西江省九江市)の司馬左遷時代を過ごしたことから、文人貴族の嗜みを志向したことによるものであろう。
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https://youtu.be/BojglHO0qWQ
2015-07-26 Sun 09:45
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海風の吹く野球場



 千葉に遠征。海風の吹き抜ける野球場。かつて全国制覇、巨人軍の中心選手も在籍した名門野球部。今年の夏は残念な結果だったようですが、黒く焼けた彼らは体育推薦で、野球を続ける由、注目します。
2015-07-25 Sat 05:18
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長野ビッグハット


 進路フェスタの開幕前。センター上には長野オリンピックの五輪マーク。
 
 入りの前、川中島のお蕎麦屋さんで、合戦にちなんで、山賊焼きなる鶏肉を食す。すこぶる美味でありました。

2015-07-23 Thu 13:33
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最終週。
 期末試験の週。学生証を机に出してもらって型どおり。今年の学生は96-97年生まれだと気づく。思えば遠くへきたもんだ。
2015-07-21 Tue 07:11
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関東縦断-湘南新宿ライン初乗車
 まだ目は完治していませんが、長野市、一日おいて下館に遠征。下館を勝手に下妻と勘違いしており、出発直前に気づく。行きは宇都宮線、帰りは水戸線で小山。小山から湘南新宿ライン初乗車。一気に武蔵小杉まで。新幹線で東京経由と20分しか違わず、これは便利。神奈川大学の物語研究会は大遅刻でしたが、今月も前2列しか空きがない大盛況。集中して『枕草子』の世界の新見解を学ぶことが出来ました。三次会は失礼して、帰りは東横線・副都心線でこれまた一気に一都二県を縦断。来週前半は試験、後半は遠征です。
2015-07-19 Sun 07:55
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大島本『源氏物語』「紅葉賀」巻和歌の「うとまれ『をか』ぬ」書入注記
 源氏物語講座は、紅葉賀巻。和歌解釈は従来から説の分かれるところで、工藤重矩先生から「ぬ」完了・打ち消し両義説に関してご批判を頂戴した拙論もありました。研究史は頭に入っているので、大島本『源氏物語』DVD版で再確認してみると、例の「うとまれーぬ」の本文書き入れ注記に「うとまれ『をか』ぬ」の「心也」と含意で説いています。「れ」を詠者の自発とすると、自動詞「をかぬ」ではなく他動詞「をけぬ」のほうがより意味をとりやすい。解釈は「疎み置けない大和撫子(若君)」。

 歌ことば「うとまれぬ」の先蹤は以下の和歌が知られます。これも含意で訳すことは可能。
 ○古今和歌集・雑体・1032「おもへども 猶うとまれぬ 春霞 かからぬ山の あらじとおもへば 〈よみ人しらず〉」
 ○伊勢物語・43段 「ほとゝぎす ながなくさとの あまたあれば 猶うとまれぬ 思ふものから」 

 いずれ、また考えてみたいと思います。 

 源氏 新古今よそへつヽみれと露たになくさますいかにかすへきとこ夏の花
  露けさまさるなてしこの花はなに
  さかなんとおもひたまへしも・かひなきよに
我やとにまきしなてしこいつしかも花にさかなんよそへてもみん

  侍りけれはとありさ ぬへきひまにや
  ありけむ・御らむせさせて・たゝちりは
  かり・この花ひらにときこゆるを・わか御
  心にも・ものいとあはれにおほししらるゝ
  ほとにて
 藤ツホ 返し
   袖ぬるゝ露のゆかりとおもふにも 」20オ
        をかぬノ心也
 
 猶うとまれぬやまとなてしことはかり
  ほのかに・かきさしたるやうなるを・よろこひ
  なからたてまつれる・れいの事なれは・
  しるしあらしかしと・くつをれてなかめ
  ふし給へるに・むねうちさはきて・いみ
  しくうれしきにも・なみたおちぬ・  」20ウ

新古今集1494・義孝集73-花鳥余情/休聞抄・孟津抄・紹巴抄・岷江入楚に典拠として見える
古今六帖3618-源氏釈・奥入/異本紫明抄・紫明抄・河海抄に典拠として見える
※ この書き入れ注記は、一条兼良奥書本をもとに、吉見正頼の監督下、家人らを動員して作成されたと考えています。
 
2015-07-15 Wed 06:10
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青山桜州、場面転換の妙
 先の『少女小説事典』でも、青山桜州は場面転換を巧みに用いつつ、すれ違いや伏線の仕掛けを施して物語を展開させていることが指摘されています。

 『夕霧の青葉城』では、浅香姫の運ぶ膳に南蛮の毒を含まされた尼子時久が瀕死となって、梟の怪人により、念誦の原に運ばれました。また日野川で祈願の滝行を行う宗春のもとに現れた切支丹の妖術者から、解毒剤の霊薬が出雲の国、地蔵ケ崎の断崖絶壁にあることを知らされ、美少年剣士はかの地に向かう。いっぽう、罪人に貶められた浅香姫も幽閉されており、鳩や烏がその運命を操る…、と言う、少女小説で培ったノウハウを駆使するストーリーが繰り広げられています(第7回)。

 めまぐるしくプロットが展開するので、物語の前後を読みたくなる仕掛けが盛りだくさん。地名は、作者ゆかりの地名「日野川・地蔵ケ崎・粟島山・夜見ケ濱」が「道行文」の如く網羅されていることも特記されるべき事柄でしょう。

 
 
2015-07-13 Mon 07:07
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『少女小説事典』の青山桜州
 先頃刊行された労作『少女小説事典』には、「青山桜州」で小説家・池田亀鑑が立項されています(鈴木美穂氏執筆)。同じく作品としても青山桜州最大の長編『炎の渦巻』(『少女の友』19巻、1926年1~12号 )が取り上げられています(鈴木氏執筆)。続編は「燃ゆる夕空」『少女の友』20巻、1927年、1~12号、「夕風吹けば」『少女の友』21巻、1928年、8~12号、22巻、1929年、1-7号)と改題されて足かけ4年で完結した作品。全国各地の所蔵館でもこれを全巻揃えているところはないので、実業之日本社の協力を仰がなくては読み通せません。
 
 戦国武将・浅井長政の庶子・輝千代と織田信長、豊臣秀吉との戦いを縦軸とし、そこに乳母の娘・八重ら、女達の運命を描き、くわえて浅井家の家宝『源氏物語絵巻』の行く末を絡めるという、ぜひとも一冊にして公刊したくなるような長編。時間はかかりますが実現させたい企画です。

2015-07-12 Sun 08:29
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