物語学の森 Blog版 2014年11月
物語学の森 Blog版
このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
晩秋、雅楽の夜

写真は「蘭陵王」。
数年ぶりに国立劇場「日本雅楽会」の公演に出向きました。ちょうど「青海波」の論文を書いているところでしたから。原稿持参で、休み時間に諸本を再度読み比べる。異同は少なく、別本もあるかなきかの「紅葉賀」巻。

○尾州家河内本ー七毫源氏、高松宮、平瀬、(中業大学)大島本、一条兼良奥書本
  垣代などには殿上人も地下も、心殊なり、と世の人に思はれたる有識のかぎり選らせたまへり。輪台は衛門督、左兵衛督、みな上達部たちすぐしたまへるかぎり、手をつくしてとゝのへさせ給。舞の師どもなと世になべてならぬをとりつゝ(な)ん籠りゐて習ひける。小高き紅葉の蔭に四十人の垣代、言ひ知らず吹き立てたるものゝ音どもにあひたる山の松風、まことのみ山降ろしと聞こえて、吹きまよひ、いろ/\さと散りまがふ紅葉のなかより、青海波の輝きいでたるさまいみじうおそろしきまで見ゆ。


  狛近眞の『教訓抄』(1233年)によると、「青海波」は再編成によって七箇条の違いがあるという(『古今条々相違』)。

一、古ハ、舞人四十人ノ内、序二人、破二人、垣代三十六人。
  今ハ、破二人、楽四人、垣代三十人。
  各取反尾。右膝突居、取声歌末、打拍子。 (二、三、略)
四、古ハ『輪台』後度詠了、両所作輪、改着『青海波』装束。此間、楽屋吹『輪台』。度数無定。
  今ハ初度作レ輪・序破舞人、同改着装束。無再輪之儀。仍『輪台』急吹四反而巳。
五、古ハ『輪台』舞人入時、不置程、即吹『青海波』、立定時吹止、今ハ不吹止。  (六、七、略)

 平安時代の「輪台」の復原もいずれお願いしたいところです。

2014-11-28 Fri 08:00
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雨あがる

 雨があがり、陽光が眩しい朝です。

2014-11-27 Thu 09:47
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困ったときの『光源氏物語本事』
 今月末締め切りの論文は完全に煮詰まり、焦げ付き始めていたところ、『光源氏物語本事』の異文比較に関して、パウロよろしく「目から鱗が落ちる」ほどの発見がありました。早朝執筆派の僕ですが、気がつけばお昼になっていました。編者の先生から論文が送られてきたところに、厳しいコメントがついている事があり、身のすくむ思いがし、さらなるプレッシャーとなっていたところでしたから、峠を越えて光明が見えてきたような気がします。今週前半で形に出来そうです。

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2014-11-24 Mon 05:59
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万歳と万歳楽
 平日にお休みとなったので、運転免許の更新に行く予定でしたが、前日の遠征の疲れがとれず、終日自宅で過ごす。午後、衆議院解散。解散詔書を読み上げる途中、「御名…」で「万歳」をしてしまって、議長が途中で沈黙、「御名御爾 …」とすべて読み終わってから、「万歳はここでしてください」と促すと言う混乱ぶり。最初から万歳しないと決めていた民主党の方が、まだ不敬の誹りを受けずに済んで、賢明だったと言うことになります。

 そもそも、「万歳」は「万歳楽(まんざいらく)」に由来するもの。このことを何人の議員が知っていたのでしょう。
 
左方唐楽の平調の( ひょうじょう)曲。「まざいらく」とも。六人の女舞から童舞となり、さらに四人舞となった。『教訓抄』は、隋の煬帝作と伝える。鳥兜に(とりかぶと)襲装(かさね)束で右肩を脱いで舞う。鳳凰が飛来して「賢王万歳万歳」と囀っ(さえず)たことに由来し、皇帝を寿ぐ曲となって、延喜楽と番(つが)えられて皇帝の祝賀で舞われた。船楽や立楽でも奏せられる。「若菜上」巻の紫の上主催の源氏の四十賀の薬師仏供養の後の落忌(としみ)や(若菜上巻)、夕霧が主催した源氏の四十賀で舞われた(若菜上四五)。「若菜下」巻の朱雀院の五十賀の試楽では童舞である(若菜下巻)。

2014-11-22 Sat 08:49
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一条天皇の結婚
  『枕草子』の講座を終えて帰宅途中、定子崩御の年ですら24歳、一条天皇は三歳下だったと言う若い結婚の意味を考えていました。彰子も入内はしたものの、さらに天皇より八歳下の13歳。これに義子、元子、尊子と女御たちもいて、さぞ窮屈な日々だったろうことは容易に想像されます。

 こんな若い中宮定子は、聡明で穏当な発言をする女性として描かれ、平生昌のような無骨で気の許せぬ内通者にすら、寛大に接するよう、自身より遙かに年長の清少納言を諭しています。清少納言の賛辞「めでたし」の意味は、作られた過去としても、そこにこそ『枕草子』の真価があるのだろうと、そんなことを考えていました。



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2014-11-20 Thu 08:29
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主宰の野田市文化功労者表彰



 野田市の古典講座。古典講座の事実上の主宰者さんが文化の日に市の文化功労者表彰の栄に預かったとのこと。喜ばしいことです。野田市の文化団体協議会会長は、キッコーマンの創業家・第三十代高梨兵左衛門氏。受講生に関係者もたくさんおられます。高梨家と言えば、『五島本源氏物語絵巻』の先の所有者として知られるコカコーラの高梨仁三郎を想起しますが、コカコーラは1962年創業のキッコーマングループの一員。

 主宰者さんの好きな古典の一節『枕草子』「草の花は」を引きます。

これに薄を入れぬ、<いみじうあやし>と、人言ふめり。秋の野のおしなべたるをかしさは、薄こそあれ。穂先の蘇枋にいと濃きが、朝霧に濡れてうちなびきたるは、さばかりの物やはある。秋の果てぞ、いと見所なき。色々に乱れ咲きたりし花の、かたもなく散りたるに、冬の末まで頭の白くおほどれたるも知らず、昔思ひいで顔に風になびきてかひろぎ立てる、人にこそいみじう似たれ。よそふる心ありて、それをしもこそ、あはれと思ふべけれ。

2014-11-19 Wed 05:43
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倉田実著『王朝の恋と別れ―言葉と物の情愛表現』

王朝の恋と別れ―言葉と物の情愛表現王朝の恋と別れ―言葉と物の情愛表現
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倉田 実

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 倉田先生より拝領。いつもありがとうございます。副題の「言葉と物の情愛表現」に示すが如く、王朝人の恋の作法、しきたりの例を和歌の作例を中心にをお示しいただきました。「移動する女の持ち物「櫛の箱」」は、歴史研究者にも注目された論文。廉価ですから、ぜひ御高架をお願いします。
2014-11-18 Tue 06:54
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『枕草子』2Days
火曜日、水曜日と『枕草子』を講読する週。「大進生昌」と「暁に帰らむ人は」。後者の講座は時折、前の章段に戻って読み直したりすると新たな発見があったりします。更けゆく秋こそ『枕草子』。

 ただし、火曜日の二コマ目は『源氏物語』「若菜」上巻。


2014-11-17 Mon 06:37
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日帰りで京都



 中古文学会関西部会の「『源氏物語』本文研究の可能性」シンポジュウムに初の日帰りで行って来ました。東京駅に着くと、新幹線の屋根に登って感電した男がいたとかで停電のため、約40分構内で待たされた上、到着も1時間遅れとなりました。構内で待たされる間、司会の先生もおいでになり、徒然にお話をしていたところ、発着の順番が入り替わり、後のはずのボクが先着するというハプニング。仏教大学の二条駅キャンパスは歩いてすぐのところ。「国語と国文学」もご一緒し、今月末の同じ締め切りを抱える先輩研究者から、「情報収集?原稿書けてる?」と声を掛けていただきました。名和先生にも三橋さんの件をご報告。驚いておられました。
  シンポジュウム、質問が少なかったところ、一度も手も挙げなかったので後からお叱りを頂いたのだけれど、こちら会員ではなく、一聴講者でもあり、遠慮しました。
 
 写真を撮り忘れたので、乗り込む前に一枚だけ。お疲れさまでした。明日の日文協はお休みします。

2014-11-16 Sun 06:15
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藤井貞和校注『落窪物語』の本文批判

落窪物語 (岩波文庫)落窪物語 (岩波文庫)
(2014/11/15)
藤井 貞和

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 校注者、校正の畑さんから拝領。ありがとうございました。藤井さんは、加藤昌嘉さんの藤井批判を受けて、

「学者の責務として、できるだけ合理的な解釈案を示し、それに基づいた改訂本文と訳注を提供する」「注釈者によって咀嚼された“読解に足る本文”を提供する」というのが「氏の方法」だと言う。それって、近世や近代の学者たちが本文をいじり回してきた、これまでの国文学と同じじゃないか? 新編全集は加藤氏の言うのに近い方針で作られた本文である。氏の『揺れ動く『源氏物語』』は新編全集を支えてしまうことにならないだろうか。好漢、語るに落ちた本といわれてもしかたがない。   「本文、底本、揺れ動く『源氏物語』、研究者」「物語研究会会報」四三号、物語研究会、二〇一三年六月。

 と記され、自身の本文批判の手続きを確認しておられました。
 今回は、その方法的な手続きの指針から、九条家本本文を可能な限り尊重し、底本の誤脱と認められる場合に限って校訂する指針をさらに徹底されて、新大系の「読みとりの基幹にいくつもの変更を加え、すっかり書き換え」た説述となさった由。流布本の末尾に重大な本文異同のあることはよく知られており、論文も重ねられているところ、新大系を傍らに精読させていただきます。ありがとうございました。

2014-11-15 Sat 06:03
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