物語学の森 Blog版 2014年01月
物語学の森 Blog版
このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
美味なり。みみがー。



明大前の宮古で打ち上げ。今日は折り返し点、区切りの日であると告げられ、気持ちも新たに歓談。みみがー、豚の角煮。頗る非美味でありました。
2014-01-30 Thu 07:00
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信濃デッサン館、前山寺三重搭、そしてくるみの木。



所用で帰省。月曜日の午後、足を伸ばして、塩田平にある信濃デッサン館へ。東京で閉館したあと、立原道造記念室がここに出来たと聞いていたので、遅まきながら。気に入った作家の絵はがきを購入。前山寺の重要文化財の三重塔は、門前から。





 帰りがけ、昨年9月にも立ち寄った、御牧の胡桃の木を再び訪問。西日を浴びて凛とそびえ立っていました。

 この胡桃の木を探してか、このプログに辿り着く方もあるようです。東御市観光協会でも取り上げていらっしゃいます。なお、地図に見える新幹線の線路は地下のトンネルなので目印にはなりません。東御市御牧原のミマキ電子部品(株)北御牧工場の近くになります。

2014-01-29 Wed 06:34
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川村裕子編『清少納言と平安貴族の謎』
誰も書かなかった 清少納言と平安貴族の謎 (中経の文庫)誰も書かなかった 清少納言と平安貴族の謎 (中経の文庫)
(2013/11/27)
川村 裕子

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 『清少納言と平安貴族の謎』を執筆者の中村さんより拝受しました。ありがとうございます。
 講座に参加するみなさんの話を聞いていると、御著のようなテーマが選ばれることが多く、まこと勘所を押さえた企画と感心しました。執筆陣も日記文学の気鋭を擁しており、食事や、囲碁、蹴鞠、楽器の項目などが平易な文章でまとめられています。この本なら学生にもすく手にとってもらえそうな内容です。みなさん、御高架をお願いします。
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 かつて、『王朝の風俗と文学』の中村義雄先生の平安文学環境論を何年かにわたって受講しました。講義原稿をひたすら筆記する授業でしたが、このような王朝人の暮らしがテーマだったことを思い出します。

 一昨年、池田亀鑑の『平安朝の生活と文学』がちくま学芸文庫として二度目の復刊を見ました。中村門下の先輩にお聞きしたところ、角川文庫版は、解説を書いた石田穣二先生ご自身が池田亀鑑の原稿を補訂なさったとのこと(底本は河出書房の市民文庫、1952年)。これは昭和十七年(1942)の夏季講座の内容をまとめた『宮廷と古典文学』河出書房、1943年を増補改訂したものであると記されてあります。昭和二十年代後半、河出書房から池田亀鑑編の『源氏物語図録』を刊行するため、小松茂美、中村先生らが編集に携わっておられたことは、小松氏の回想に出てきますが、この企画は頓挫したようで、後に『源氏物語大成 図録篇』(中央公論社、1956年)に結実、協力者に中村先生の名前が記されています。


2014-01-27 Mon 00:00
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物語研究会@神奈川大学



 神奈川大学で物語研究会。会場の脇に、箱根駅伝二連覇(1997年、1998年)したときの賞状や記念品が飾られていました。

 発表後、「今日のは理科(天文)の発表でした」と言われ、三次会では「大納言(唐名・亜相、亜槐)」なるあだ名を賜る。畏れ多くも、これは恩師の世代では、泰斗の某先生もこのように呼ばれていたことを思い出しました。恐懼極まりなし。

 月齢0は見えないことが前提の報告でしたが、『万葉集』に「初月」とあり、「三日月」も馴染みの語なので、再考を要するところ、この春は月を眺めて記憶しつつ暮らします。この論文の〆切は六月。

2014-01-26 Sun 07:03
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原豊二著『源氏物語文化論』
源氏物語文化論 (新典社研究叢書 250)源氏物語文化論 (新典社研究叢書 250)
(2014/01/22)
原 豊二

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 原さんから拝受。ありがとうございました。二冊目の著作、とうぜんひとつひとつの論の精度は確実に高くなっているように思います。ただし、音楽にしろ、書誌にしろ、池田亀鑑にしろ、方向性が完全にボクの志向性と丸かぶり、独自のお説はもちろんありますが、十年先行するボクの論は越えていただかなくてはいけません。

 例えば、ボクの本の書評もあるのだけれど、研究史の突出した言説や些末な論点ばかりに筆を費やして、本書の特色や意義については素通り、「中身読んで書いたのかな~」と思うほどポイントがずれていたりします。これは『源氏物語文化論』と言いながら、享受論しかなく、『源氏物語』テクストを論じたものはひとつもないと言う空洞化と軌を一にした原さん独自の研究スタイルと言えるでしょう。「池田亀鑑論」も、人物そのもの、研究史の位置づけを行うのではなく、前史や生まれ育った日南の風土論であって、中心を論じていないこともまたまた原さん流。もちろん、このことに大きな意義がありますが、ないものねだりも次のステップに向けては必要なことだと思います。

 ともあれ、いくつか書評も出ることでしょう。今後もともに研鑽を積んでゆきたいと思います。学恩感謝します。

2014-01-24 Fri 07:23
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「日本文化」第 73冊 日本文化協会



 昨年末に話題にした日本文化協会の刊行物を入手しました。
 
 戦前の酸性紙ながら初(うぶ)な美本。この号は東北大学にしかないことが分かっていたので、複写依頼の手もありますが、コピーは保管場所をきちとしないとどのファイルか分からなくなってしまうという悪癖が直りません。「これは…」と思う雑誌のバックナンバーは、案外廉価なので探求・購入をお勧めします。

2014-01-23 Thu 06:55
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ありがたや、かぐや姫の物語
 
ジ・アート・オブ かぐや姫の物語 (ジブリTHE ARTシリーズ)ジ・アート・オブ かぐや姫の物語 (ジブリTHE ARTシリーズ)
(2013/12/24)
スタジオジブリ

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 古典講座の幹事さんから「かぐや姫の物語」について触れよ、とのことだったので、ネタバレにならぬよう、学術的なお話のみをしたところ※、拙編著まで多くのみなさんが購入して下さいました。


 写真が美しいとお褒めの言葉を頂く。ありがたや、かぐや姫。

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2014-01-22 Wed 07:04
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岸田日出刀と立原道造
 原稿の〆切と口頭発表の資料が机にあります。原稿は待っていただいているので、大幅に削減整理中。そんな中、桃園文庫の『源氏物語』校本作成の協力者を調べていて、ふと目に留まった事柄。池田亀鑑の妹さんのご主人が安田講堂の設計者で東大教授の岸田日出刀、その研究室に丹下健三、立原道造がいたことを知る。立原道造は設計者としても辰野金吾賞を受け、将来を嘱望されていたとのこと。「もし…」の想像力にしばし筆が止まりました。
2014-01-20 Mon 07:18
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『土左日記』承平五年(935)一月八日の月の出入と方位
201427 kouchi

 「今宵月は海にぞ入る」と紀貫之が記した『土左日記』。旧暦一月を月齢7で換算すると、今年は二月七日に相当します。そこで高知県(緯度:33.5500° 経度:133.5333° 標高: 0.0 m 標準時:UT+9h)の月の出時刻と方位、南中時刻と高度、月の入時刻と方位を国立天文台のサイトで調べて見ました。上図の二つの放射線のように、東の香川方面から月はお昼前に昇り、夕刻に太平洋海上73.3°の高さに南中、真夜中に西の愛媛方面へと沈むことが分かります。

 2014/02/07 月の出 11:33 方位70.3 南中時刻18:30 高度73.3 月の入時刻 24:35 方位288.3

 萩谷先生の『土佐日記全註釈』を紐解くと、「昭和39年陰暦一月八日の月は大湊においては、午前11時2分に出て、翌九日午前0時58分に入ると算出された。午前0時58分は子の四刻の終り近く、まだこれは八日の夜半と考えられるのである。夜更かしは、平安貴族の常であった。138頁」とあり、「篤志の天文学者が、電子計算機を用いて、土佐日記五十五日間の全行程の月の運行や潮汐の干満について算出されることがあれば幸いであるが、それは高望みというものであろう。137頁」と綴っておられます。50年前の調査で正鵠な計測をなさっていたこと、このことに改めて恩師の偉大さを実感します。もしお元気であったのなら、こんなお話をしてみたかった、とつくづく思う今日この頃です。

2014-01-18 Sat 10:08
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『土左日記』と『源氏物語』の月齢
9350108moon.png

 土左日記  旧暦 承平5年(935年)1月8日 → 新暦 承平5年(935年)2月13日 癸卯

 今月末の口頭発表のための覚え書き。
 「今宵、月は海にぞ入る」とあるも、実は山に隠されて海に入るところは見えないことで知られる旧暦8日(換算該当新暦13日)は月齢7。これがいわゆる上弦の月。日没の六時間後、つまり、真夜中に沈むので、夜更かししないとこの光景を見ることが出来ません。かくして日記の記述は実際の月の景ではないことが実証されます。

 『源氏物語』の月の解釈はさらに不可解。

「浮舟」巻 二月上旬、薫、宇治へ行く

朔日ごろの夕月夜に、すこし端近く臥して眺め出だしたまへり。男は、過ぎにし方のあはれをも思し出で、女は、今より添ひたる身の憂さを嘆き加へて、かたみにもの思はし。(「明融」本三六ウ・「大成」一八八七⑫)

○ 古典集成  二月、月初めの夕月夜。夕方早く出る。

○ 新編全集 「月の始夕月夜成べし 尤幽玄也」(弄花抄)。西の空に上弦の月がかかる。→「七日の夕月夜」(藤裏葉③四三九㌻)

○ 新大系  「月の始めの夕月夜なるべし 尤も幽玄也」(弄花抄)。

 朔日とすると、月齢0の新月だから、太陽と月はほぼ同時に登り、同時に沈むので見えません。このことは50分ずつ、太陽と月の出がずれて行くとはいえ、前後3日はほぼ同じ事が言えます。「藤裏葉」巻の藤花の宴は、七日とも読めますが、「浮舟」巻は、時系列から拡大解釈は不可能。古註釈から不審としているのもそのためでしょう。

 
2014-01-16 Thu 08:24
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