物語学の森 Blog版 2013年12月
恭賀新年
2013-12-31 Tue 17:57

 明治23年、徳富蘇峰宛新島襄賀状。
 これ以上の波乱はあるまいと思われる激動の一年を乗り越え、心機一転、志を高く掲げて新たなる船出をします。今年もよろしくお願いいたします。
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物語研究会1月例会発表予告「朔日頃の夕月夜」の詩学----「浮舟」巻別注と木下宗連 
2013-12-30 Mon 11:34
 東海大学桃園文庫蔵の零本「浮舟」巻(桃六―一四三)は、昭和五年ごろ、伝飛鳥井雅康等筆本五十三帖(大島本)のツレとして佐渡から出現した写本である。明から将来された「紗綾紋様空押紺色紙」は江戸前期写本にみられる装幀。袋綴、鳥の子、天地幅も他の巻巻とは若干異なる。しかしながら、伝明融等本「浮舟」巻にしか存在が確認されていなかったいわゆる第一次「奥入」(「道口律」「羊の歩み」)を保有する貴重な伝本である。さらに、巻末には別註として、木下宗連なる人物の「朔日比の夕月夜」の考証が付される。これは正徹の歌学を援用し、敷衍した説である。木下長嘯子の弟で、中津藩に仕えた文人である木下宗連の解釈を軸に、江戸時代前半の中津藩木下家、さらには長州藩毛利宗家の『源氏』詩学の一端を明らかにすることで、埋もれていた物語史学の鉱脈を掘り起こしてみたいと考える。
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 聴講歓迎。会場は神奈川大学です。
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日本文化協会と国民精神
2013-12-29 Sun 08:59
 昨日書いた、紀平正美が、戦前、指導的立場にあった日本文化協会。国史大辞典等にも項目がなく、ネットに情報も殆どありません。日本文学報国会や文部省直轄の国民精神文化研究所と密接な関係にあって出版活動と研究奨学金を出していたようです。出版物は、CiNiiで252件がヒットしました。国文学系を拾ってみます。

○日本書道と日本精神  尾上八郎[著] (日本文化第58册) 日本文化協會 1940.7
○萬葉精神 鴻巣盛廣[著] (日本文化 65冊) 日本文化協会 1941
○日本の演劇 . 日本の詩と音樂 守隨憲治[著] . 茅野蕭々[著] (日本文化第72冊)日本文化協會 1941.10
○橘曙覽評傳 折口信夫 [著](日本文化, 第73冊)日本文化協會, 1941.11
 収録内容
 •橘曙覽評傳 / 折口信夫 [著]
 •夜麻登・やまとたましひ・和國 / 萩谷朴 [著]
○玉勝間と初山踏 久松潜一[著] (日本文化第80冊) 日本文化協會 1942.7

 萩谷先生が、日本文化協会研究生となり、紀平正美の講演内容を書き残してはいますが、協会の実態はよく分かりません。戦前の文学者の軌跡として、これも調べて見ようと思います。
おもいっきり侃侃(かんかん)おもいっきり侃侃(かんかん)
(1990/09)
萩谷 朴

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 昭和15年、大学の国文科を卒業した私は、日比谷の市政会館にあった日本文化協会の研究部に採用されて研究生となった。この協会は、かつて天一坊と雷名を轟かせた天才的な相場師M氏が、教誨師の助言に従って、私財を抛って設立した社会事業団で、極めて温厚な二代目が当時の理事長であり、官公私立いずれにもせよ、大学を卒業してからあえて就職することなく研究を続ける者を、人文・社会・自然科学・宗教・藝術の分野を問わず、年齢の制限なしに、毎年数名ずつ研究生として採用し、月四十五円の研究費を給与するが、毎週月曜日の夜に開く研究発表会に参加するだけが義務といった極めて自由開放的な組織であった。「言霊のわざわふ国」初出「文藝」河出書房、1977年9月。

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有精堂出版覚書
2013-12-28 Sat 04:55



自ら課した宿題の有精堂出版株式会社(1915年(大正2年)2月-1996年(平成8年)9月)のことを調べて見ました。国立国会図書館所蔵で見ると、2627件がヒットします。

※國語問題の譯し方 佐野保太郎 有精堂出版 1920
※大日本佛教全書 [全151冊]高楠順次郎編,望月信亨編 有精堂出版部 1932~1940
その合間に
※受験まぎはの代数 総括整理 奈良善雄著 有精堂出版部 1933
※分り易い国文法のあたま 丸山茂著 有精堂出版部 1933
※孟子全解 島田鈞一著 有精堂出版部 1933

と受験参考書と漢文関係書。さらに

※日本比較憲法論 藤井新一 著 有精堂出版部 1934
※エスペラント通信の実際 石黒修 著 有精堂出版部 1934
※最近十ケ年官立大学国語漢文入学試験問題詳解 三浦圭三, 小和田武紀共編 有精堂出版部 1936
※奥の細道新釈 三浦圭三著 有精堂出版部 1936

 大日本仏教全書刊行を終えると、戦時下の著作が増えます。紀平正美(1874-1949)は学習院教授で、戦時下の国民精神を説いて、戦後、公職追放となった「なるほどの哲学」(1941)の著者。
 
※万葉集防人歌の鑑賞 佐佐木信綱、今井福治郎 共著 有精堂出版部 1942
※母の愛行 村岡花子,今井福治郎共著 有精堂出版部 1943
日本精神と生死観 紀平正美 等著 有精堂出版部 1943  (事例3にカバー写真)。

村岡花子は『赤毛のアン』など、モンゴメリーの翻訳家で教員。来年の朝ドラ「花とアン」のモデル。
 その後、1944~1946は出版活動停止のようで、商業英語関係本で復活し、三谷榮一先生のベストセラーの初版が登場。

※解り易い商業英語の實際 前田定之助著,坂元義雄著 有精堂出版 1947
※東国萬葉紀行 今井福治郎 有精堂出版 1947
※竹取物語評解 三谷栄一著 有精堂出版 1948
※新古今和歌集評解 谷鼎著 有精堂出版 1949

 評解シリーズは、山岸徳平『堤中納言物語評解』1951 小西甚一『土佐日記評解』1951、玉井幸助『更級日記評解』1952、田中重太郎『枕草子評解』1953など。
 池田亀鑑関係は、
※伊勢物語に就きての研究 池田亀鑑、大津有一、1958-1960 
※源氏物語研究  島津久基、池田亀鑑、山岸徳平、1970
 
『山岸徳平著作集』五巻(1971-1973)『源氏物語講座』八巻1971-1972、別巻『源氏物語事典』1973、『枕草子講座』五巻、1975-1976、『日本文学研究資料叢書』100巻、1976~1992、『日本文学研究資料新集』30巻、1979-1994、そして、最後は『日本文学を読みかえる』の3集目、

※和歌とは何か 久富木原玲編 1996

 が最後の刊行物のようです。写真は広報誌『古典と近代文学』15冊、1969-1973 のうちの第十号。架蔵(創刊号欠)。座談会そのものは『日本文学研究資料叢書 源氏物語Ⅳ』1982所収。未刊の本も結構あったことが分かります。

奥付
 
 古典と近代文学 第十号 昭和46年7月20日発行 定価80円
編集人 川村治助
 発行人 山崎 誠
東京都千代田区神田神保町一丁目39番地
発行所 有精堂出版株式会社

 ボクが御世話になった当時は創立80周年を迎えたところ、レトロで隣のビルに寄りかかるように立っていました。一階は営業部でせっせと返本をクリーニングなさっていた部長の菊地さん。靴を脱いで上がる二階の右が編集部、左が先代山崎清一氏の息子さんで、解散を決断した山崎誠社長の弁護士事務所だったと記憶します。編集課長は荻山直之さんでした。

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 山岸徳平 唐詩評解

 詩は、多くの事象を集約し、綜合して、その焦点だけを表現した、句の集合である。散文は、事象の全体を分析して、区分しながら表現した、部分の連続である。故に、散文にあつては、分析せられた表現の部分を綜合し、全体として感得する必要がある。然るに詩にあつては、それと反対に、綜合をば、各事象の因子に分解し分析して、それらの部分を感得する必要がある。散文は、事象の連続した表現となつて居るが、詩は、事象の焦点だけを、独立的に並列して居るがため、飛躍した表現となつて居る。よつて、その焦点間の飛躍した部分の連絡をも、読者は、解釈し表象して行かなければならない。
 従つて、字句の解義や説明だけの直訳的な解釈は、詩の完全な解釈とはならない。必ず、焦点間の部分部分の連絡をば、読者はそれぞれ、各句から連想しつつ創造して、詩思や詩情や詩趣を、自分でつかみ出さなければならないのである。そこに鑑賞がある。詩情の豊かな細かな人は、鑑賞も亦、豊かであり細かである。鑑賞の力は、鍛錬によつて向上させる事が出来る。

山岸徳平「唐詩評解」(有精堂・昭和二十七年六月十五日初版発行 昭和四十七年五月十日十九版発行)本書を讀む前に

*また、有精堂の川村治助氏は、私が俗塵に来往して、とかく遅れ勝ちになる原稿を、あたかも逃げる敵を追うかのように、督促に督促を重ねられたり、乱筆な原稿の浄書などに関すること、その他多くの困難な労をも、心よく惜しまれなかつた。(はしがき)
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註記、著作権・出版権-「倒産した出版社など現存しない会社に著作権がある場合(有精堂出版(倒産)生活情報センター(倒産))、後に版権を取得した出版社がない場合は、著者に連絡を試みるが、連絡先が分からない場合は出典を明示して掲載すればよい」という見解のようです。 
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忘れていた宿題
2013-12-27 Fri 08:40
 先般の科研のシンポの際、「年明けの『枕草子』の会、楽しみにしてます」とニコニコしながら声を掛けて下さった方がいらっしゃいました。「この報告会があるから年明けに」と日時を先延ばししていた研究会。さっそく註釈書のデータ入力にいそしみます。前回の報告は震災の直後の三月下旬。図書館が使えなくなり、主要註釈書の欠本はこの時、揃えました。

 年明けに科研の報告書の〆切、月末にはなぜか口頭発表もすることになりました。年明けも多忙です。
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定家ちゃんストラップ
2013-12-26 Thu 05:53


 叔母の住む横須賀へ。2009年秋の冷泉家展でお揃いで買った定家ちゃんストラップ。ボクのはしばらく行方不明でしたが、ひょっこり車庫の落葉の中から顔を出してくれました。来年も確り繋ぎ留めておきます。

 ちなみに定家(1162-1241)とボクは800歳違い。定家も通算13年間も昇任のない不遇時代を経て、

文治5年(1189年)11月13日:左近衛少将に転任。
建仁2年(1202年)閏10月24日、左近衛中将に転任

 と再び昇任の道を開きました。来年の800年前、53歳の年には

建保2年(1214年)2月11日:従三位に昇叙し、侍従、参議。
  
 前世紀の建久年間に亡失した『源氏物語』の証本を作り直したのは、

嘉禄元年2月16日(1225年3月26日)、63歳。

 異様な執念の天才も、宮中行事に粗相がないよう、この定家ちゃん人形(国宝)で立ち位置の予行演習を繰り返していた由。来年はぜひあやかりたく。
 

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表参道ヒルズの虎屋
2013-12-25 Wed 09:55

 今年最後の講座のあと、クリスマスイブを意識したわけではありませんが、表参道ヒルズでテータイム。なぜか虎屋が空いており、美味を堪能しました。




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ヒアリングの心得
2013-12-24 Tue 07:42
 年明けには先の発表を活字化します。どうも、いろいろな証言を検証していると、研究者というもの、自分の仕事の受け持ち範囲をかなり大きめに申告する傾向があるようです。実際には、総監者が丸投げしていたわけではないのに、そのように受け取られるかのような話になっていることがあります。このあたり、慎重に考証を進めないといけません。
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木田園子氏覚書
2013-12-23 Mon 06:30
木田園子2as

 池田亀鑑の私設助手であった木田園子氏(1899-1972・本名木田その)のことを記しておきます。晩年に歌集『金糸の夢』新塔社、1970年(池田家私家版)があるので、その奥付「著者略歴」をそのまま翻刻します。

 木田園子。一八九九年大分県に生まれる。父の任地朝鮮にて、佐賀県人、建築技師荒木甚吉と結婚。数年にて離別。生活のため東京にてフランス貿易伴野商会に勤む。
 昭和三年、清水ちとせの紹介にて、池田亀鑑の古典研究に傾倒、助手となる。
 同五年、与謝野夫妻に師事す。
 マロニエ・底・藝術と自由・冬柏・第三短歌・雲珠の同人を経て、現在、女人短歌・芦笛・浅間嶺等の同人。
 日本詩人クラブ会員。
 池田亀鑑昭和三一年十二月没後、遺稿刊行会を設け、教え子十人を助け、遺著十八冊を発行、今日に至る。

本来、この歌集は昭和23年に出版の予定が出版社の経営上の都合で中止になり、昭和45年になって出版されたもので、巻頭扉には「謹みてこの一巻を与謝野寛、与謝野晶子両先生のみ霊に捧げまつる」とあり、与謝野光氏と亀鑑の昭和23年に書かれた序文が附されているものです。
 なお、13回忌の年に刊行された池田亀鑑の特集号中、石田穣二氏「池田文献学」「古代文化」20巻1号(通巻117号)、古代学協会、1968年1月には、木田氏と石田氏の母が旧友の縁で池田亀鑑の知己を得て経済学部から転部転科ののち、大学卒業後一年を経て、桃園文庫の仕事を手伝いだしたとありました。

 写真は池田家墓地に建立された記念碑にて。1959年頃か。

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第三回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会
2013-12-22 Sun 08:01
國學院大學で、科研最終年度となる第三回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会。『源氏物語』の本文研究者が一同に集ってその年度の研究成果を報告しました。概要は伊藤先生が的確にまとめておられます

 ボクの報告は池田亀鑑の『源氏物語』本文研究の軌跡を辿ったもの。中で当時の関係者の証言に上がってこない小山敦子先生のお仕事についてのご質問を頂きました。たくさんの研究者が参加した一大プロジェクトとは言え、個々人の残した業績、役割についても正確に記憶しておく必要があるようです。

 この『源氏物語』本文研究のプロジェクトは来年以降も何らかのかたちで継続の予定です。
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