物語学の森 Blog版 2012年06月
物語学の森 Blog版
このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
池田龜鑑「佐渡と源氏物語」抄出ならびに註解。                        
     一                    
今度「歌と評論」が、佐渡から復刊されることになつた。短歌の道にその半生を捧げて來られた藤川さんはじめ同人の方々の誠意と奔走とが実を結んだのである。まことに慶ばしい次第である。この前、藤川さんから何か一文をとのお求めがあつたので、先月末頃「本歌取り」についての愚考をまとめてお送りしたところ、今日のおたよりによると、どうしたことかまだ到達しないらしい。〆切日も迫つてゐるので、その原稿はそれとして、ともかくもこの一文をお届けすることにする。今度の再出発をお祝ひする意を含め、自分の研究してゐる方面に関聯して、佐渡についての思出めいた所感を一つ申して見たい。(略)
   二
佐渡といへば、私には飛鳥井雅康が写した源氏物語の古写本がぴんと頭に來る。この雅康の本は青表紙本系統の証本とすることの出來る貴重な伝本である。浮舟の巻が缺け、桐壺巻と夢の浮橋巻とが明らかに他筆であるが、他はすべて五十一帖揃つて伝はつてゐる。更めて申すでもない事だが、青表紙本といふのは、藤原定家が家中の女達に大部分を写させ、自分もその一部分を写して家に残した本のことで、源氏物語の傳來の方からいふと、どの系統よりも重きをなして來たものである。(略)
現在傳はつてゐる四帖は青表紙本の原本であるから、これを規準にして他の巻々も恐らくかうであつたらうと推定することが出來、さういう意味で、たとひ原本でなくとも、五十帖あまりも揃つてゐる雅康自筆本は、より一層大切な資料であると云つてよい。(略) 一体青表紙本の証本となるべき古写本は一帖二帖といつた残缺本として多少残つてゐるが、まとまつては傳はつていはゐない。雅康の写した本は、多少別筆かと思はれるものがないではないが。もし別筆があるとしても雅康と同時代の筆写にかかるもので、青表紙の一傳本を祖本として転写したものであることは、今詳しく説明する暇はないが、疑ひの余地はない。ともかくこの本は青表紙本の研究のために缺くことの出來ない貴重な資料である。校異源氏物語でも、底本にはこの本が選ばれたことを特に申しておきたい。
    三
 私は雅康自筆の本の価値を、こゝで詳しく述べようとは思つてゐない。ただこの本が最近まで佐渡に傳へられてゐたといふこと、佐渡が青表紙本を、源氏物語を、ひいては日本の古典を文化を、譲りづゞけて來てくれたといふことの一例として云ひたかつたのである。 もとこの本を代々家に傳へて來た人の話では、この本は江戸時代に偶々佐渡に運ばれたものだとの事であつた。もしこの本が偶然佐渡に運ばれてゐなかつたら、その後ははたして無事にかうして傳へられ來たかどうか疑問だ。傳へられたかも知れぬが或ひは焼けたり散失したりしてゐたかもしれない。
 日本海の波の上に、ぽつんと孤立してゐる佐渡は、海上遠くにゐて、我々の学問のために、又日本の文化のために、この大切な一つの古典を護つてくれた恩人のやうな気がする。
 佐渡と源氏物語、つかぬ題目のやうだが、私にとつては、さうではない。源氏と佐渡は離せない。その佐渡から「歌と評論」が復刊される。うれしいことである。他人ごとではないやうな気がしてならない。(昭和二十一年七月八日)
 
 「歌と評論」17巻2号、歌と評論社、昭和21年10月1日

○藤川さん…藤川忠治(1901-1974)。佐渡羽茂出身の歌人、国文学者。明治34年2月20日生まれ。東京帝大卒業。法大、中央大、信州大、鶴見大の教授を歴任。昭和4年、中村正爾らと「歌と評論」を創刊、主宰。昭和49年4月3日死去。73歳。著作に「正岡子規」、歌集に「胎動」など。
○もとこの本を代々家に傳へて來た人の話…この源氏物語が池田亀鑑との直接交渉の上、池田の依頼で大島雅太郎に購入されたことが分かる。「江戸時代…」云々は、実際に佐渡貝塚田中家に『源氏物語』が渡ったのは、明治20年代であろうと思われる。当家ではそのように伝えられていたか、あるいは、売却に際して、田中家側がこの本の価値を高からしめようとする意図が働いて、年代を遡らせたのであろう。
 実際、佐渡で和歌文藝が興隆したのは、幕末、鈴木重嶺らが佐渡奉行になって以降のことである。それ以前、『源氏物語』を所有していても価値を理解する人が佐渡周辺には希少だったであろう。

2012-06-27 Wed 07:08
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止まっていた時計がまた動き出す。
 このところ、帰宅して気がつくとうたたね、と言う状態が続いてきました。頂いた本のお礼状も溜まっています。ようやく心身共に安定、論文を一つ一つ拝読中。

 また、停滞していた当面の研究も、探し求めていた「短歌雑誌」が国立国会図書館にもこのあたり集中して欠本。古本屋の在庫リストをしらみつぶしに探していたところ、戦後のこととて、巻数がずれており、当該年には三冊しか刊行されていないことが昨日になって判明。刊行主宰者の郷里と著名な歌人のいらしたお近くの大学で所蔵が確認出来ました。止まっていた時計、また動き出します。

2012-06-26 Tue 08:15
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激動の二十年。
 週末4コマでハラスメント関係のレクチャー。大学の作ったリーフレットを音読しながら進めると、自分の院生時代の不愉快な出来事はグレーゾーンに抵触することばかり。当時はこの手のガイドラインがなかったから致し方ないものの、これはボクにも体質的に染みこんでいることもあり得る。ミイラ取りがミイラになったら洒落にならない。生き残りの後の生き残りのキーワードはこれだろうと得心しました。

勤務先で学会が開かれていたので、版元さんに用事もあり顔を出してみました。喫煙所に馴染みの営業さんがおられたので情報交換。入社20年目になると言う。まさしくボクの院生時代から現在までをよく知る人物。激動の20年を歩んできました。生き残りの戦友と言うべきか。

2012-06-24 Sun 09:34
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伝民部卿局筆源氏物語蓬生巻



伝承筆者のとおりなら、民部卿局はふたり該当します。藤原領子なら平家時代。定家の娘・因子なら鎌倉初期古筆と言うことになるのですが、如何。
2012-06-23 Sat 14:02
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自説を再確認。
 業務のあいまに予習を兼ねて自説を再確認。紛らわしい書き方をしたので揚げ足取られたのかと思って当該ページを開いたところ、さほどひねった文章でもなし。語義も用例が確りありました。要は、最初から批判するために魚の目鷹の目で行文を眺めていただけのようで、ひと安心。いずれこれも単行本にまとめようと思っているので、また時間を作って読み返そうと思っています。

朱雀院・弘徽殿の大后・右大臣 (人物で読む『源氏物語』)朱雀院・弘徽殿の大后・右大臣 (人物で読む『源氏物語』)
(2006/05)
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 会議はすっかり後期のあれこれ。それも詰めの段階になってきました。夏至の今日はやはり外がいつまでも明るいですね。


2012-06-22 Fri 06:19
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精読『紫式部集』
 台風一過、休講措置なく一安心。ただし、暴風雨で家が揺れたので寝不足気味に。水曜日は日程がタイトになってきたので、滞りなく進めます。

 渋谷は新学科の一年生と『紫式部集』。先週は、タームペーパーに「血涙の消息」、今週は「もののけのかた」をイメージイラストとして提出して頂きました。特に事前指導はせず、護法童子だけは画像を示しました。もののけに取り憑かれた絵はネット上にはなかなかないようで、狐顔だったり、角が生えていたり、その想像の源泉の一端を知ることが出来ました。半期科目ゆえ、一日8首。彼女たちの感想もなかなか勉強になるものばかりです。

新訂版 紫式部と和歌の世界―一冊で読む紫式部家集 訳注付新訂版 紫式部と和歌の世界―一冊で読む紫式部家集 訳注付
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 夜は南下して『小右記』精読。今年はすっかり精読の夏と言ったところか。

2012-06-21 Thu 08:09
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野分の桜桃忌。
 野田の市民講座で『源氏物語』「野分」の巻。話の枕に、先月の第三火曜日に亡くなった父の話と、「桜桃忌」の思い出。今から三十年以上前、一度だけ行った桜桃忌。そこで再会した高校の後輩が、直後に玉川上水で身を投げていたのでした。一枚だけ残る写真があって、こちらはすっかり年をとったけれども彼はずっと若いままです。

 都内を縦断して風雨の強まった5時限目。これ以降は打ち切りと決まり、交通機関の運行状況とにらみ合わせながら、やや早めに終えると、彼らも蜘蛛の子を散らすように帰って行きました。


 先日の書評の紹介。ありがとうございます。

2012-06-20 Wed 07:17
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父の日の七七忌。

雨雲が飛んで美しい浅間山が見えていました。

2012-06-18 Mon 11:12
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中野幸一編『平安文学の交響』
平安文学の交響 享受・摂取・翻訳平安文学の交響 享受・摂取・翻訳
(2012/05/21)
中野幸一 編

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 執筆者のみなさんから頂きました。恩師への深い愛情の籠もった力作論文集ありがとうございます。
2012-06-16 Sat 06:20
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田坂先生の『傳來史』書評。
光源氏物語傳來史光源氏物語傳來史
(2011/12/08)
上原 作和

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 日本文学協会「日本文学」6月号に田坂先生の拙著書評が掲載されました。多忙極まる『源氏物語』享受史の碩学による批評、まことにありがたく思っています。

2012-06-14 Thu 07:17
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