物語学の森 Blog版 2012年02月
物語学の森 Blog版
このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
高橋亨編『と王朝文芸の表現史』
“紫式部”と王朝文芸の表現史“紫式部”と王朝文芸の表現史
(2012/02)
高橋 亨

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 高橋亨名古屋大学大学院教授の退官記念論集を拝受。感慨深い一冊。論考も力作が並びました。

 惜しむらくは「紫式部」研究史そのものの捉え方。固定化された70年代の研究史観を更新してもらいたかったと思います。「論文目録」にボクの名前は二本のみ。「紫式部伝」は禁書なのか?!これはぜひ一冊にまとめなくてはなりません。

2012-02-28 Tue 08:21
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草津温泉。



 京都から戻った翌朝、今度は群馬の草津温泉。七年ぶりくらいに来ましたが、たいへんな賑わいでどのホテル、旅館も満室。ようやく確保した宿でしたが、雪の露天風呂の風情は最高の憩い。何をするでもなくひたすらぐだぐたして、明日からの英気を養いました。
2012-02-27 Mon 08:01
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深草.墨染周遊。宇治行二日目。
 快晴。宇治行二日目は、深草.墨染付近周遊。昨日のルートの他に西ルートも歩いておいたほうがよかろうとのことで、JR藤森駅からスタート。ここは懐かしの京都教育大学がすぐ間近。今や次代を担う東大、名大、立命の各研究者たちがみな院生だった90年代、なぜか、ちと年長ODのボクとともに、この大学の宿舎(一回800円)のお世話になったゆかりの地。
 伏見桃山城を周回すると桓武天皇陵、明治天皇陵が続きます。低地となっている付近は、「古地図」から、当時は沼地であろうと言う推定もできました。この後、京都駅近辺のさる一角で検討会。偶然、神話研究のS氏が「古事記1300年」の講座を終えたところで、ご挨拶もできました。
 かくして、二日間の宇治行深草.墨染周遊を終えたのでした。加納先生、ありがとうございました。

2012-02-26 Sun 16:14
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河原院、木幡越え、宇治徒歩破行初日。


 雨。高瀬川べりの源融の河原院からもちろん徒歩で一路宇治へとスタート。総勢7名。
 


 スタート直後、東海道沿線に今時あり得ないピンク映画館と介護施設が同居する不思議な建物を通過。



 いよいよ難所、稲荷山から伏見へ。雨の竹林は薫の宇治行もかくやと思わせる雰囲気でした。六地蔵で遅すぎる昼食。木幡、某君のマンションの脇を通り抜け、さらに黄檗、三室戸と南下したところ、写真で見慣れた「東屋」古跡を発見。京阪宇治駅で歓喜の完歩達成。加納先生もはじめて一日で走破なさったそうです。




 打ち上げは、伏見の「鳥せい」。寺田屋は坂本龍馬暗殺で知られる有名スポット。

2012-02-25 Sat 07:23
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京阪初日。



 まずは、古筆を下見しようと、某古美術商を訪ねたところ、不在。相国寺が特別拝観期間中だと言うので、本堂の「鳴き龍」、ついで伏見宮ゆかりの大光明寺。写真はここの枯山水で「心」字をなしているそうです。ボランテイアの解説者さんが後西院詠草に関する質問で答えに窮していたので助け船を出す。このくらいはしても良いでしょう。阪急電車で大阪へ。大阪青山歴史文学館で「王朝のみやび」展。『夜寝覚抜書』、伝慈円本、伝為相本『源氏物語』、眼福でした。火事が出たとか言う梅田経由、数年ぶりの桂の某ハウスで明日に備えます。


2012-02-24 Fri 23:20
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『源氏物語』の地理予習篇。
 少し余裕が出来たので、三月に予定されている琴の稽古を少々。その後、書評の本をメモを取りながら読み進めます。ただし、喫緊なのは、今週末の、木幡越え宇治行き踏査の予習。せっかくこのために本までお書き下さった加納先生に失礼の無いよう、関連図書と地図を片手に勉強中。こちらはこの日のためにジムではランニングマシーンで脚力を補強してきた(つもり)。研究室が丘のてっぺんにあるゆえ、上り下りはなんとかなろう。都合16�を二日間ニルートの実地踏査を計画し、検討会までしていただけるとのこと。気合いを入れて臨みます。

源氏物語の平安京源氏物語の平安京
(2011/11)
加納 重文

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源氏物語の舞台を訪ねて源氏物語の舞台を訪ねて
(2011/04/01)
加納 重文

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卒業生市議会議員候補君(31歳)は見事当選!何よりでした。



2012-02-20 Mon 09:24
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今になってやっと分かったこと。



 大学で会議。その中で、奨学金を申請した家庭の平均年収を聞いて愕然としました。30年前の父(当時50歳)の年収よりも低かったからです。そう言えば、ある学生さんから「定期が切れると来られません」と言われたけれども、我が家も西武バス(210円)、中央線(210円)、多摩モノレール(350円)と乗り継ぐと片道770円。

この間出てきたボクの「学生カード」には、入学前から将来の進路に「大学院へ進学」と書いてあって、体重も女子並み(苦笑)。今ではNGの項目ばかりで、親の年収、土地、家屋、宗教などなど。大学院生になって、質問項目に問題があるから止めさせたと言う新任の先生から、「君はこういうものに疑問を抱かなかったのかい?」と叱られた記憶が甦りました。文献学の牙城に、このような発想の出来る研究者を全国に先駆けて公募で採用したというのですから、この当時の母校は偉かった

 ちょうどその頃、第二種奨学生(特待生)にして頂けて、院生になってからは自分で捻出していた学費の工面も大助かりだったのですが、先生がこの選考会議の後で、「これは本当に困っている人のために作った制度だから、お前さんちみたいに、家も土地もあるような裕福な家庭に育った男は二度ともらっちゃいかん」と小声で申し渡されたことがありました。当時は、「どこで調べてきたんだよ、おれは貧農の小倅だぜ、この頑▼○爺!」などど全く不遜にもこのように怒っていましたが、今にして思えば、先生はこの「学生カード」を御覧になっていたのだろうとようやく思い当たりました。先生はゼミ生の選抜にも「閻魔帳」と「志望理由書」を照合されていたし、院生ともなると、出身地、あるいは出身校まで、頭に入れておいででした。しかも、ボク自身、ついこの間、来年度のアシスタント学生の推薦の際、勤務先のネット版「学生カード」で、この手の情報をチェックしていたのですから、これは無意識に先生の背中の教えを踏襲しているに過ぎなかったのだ、とあれから25年にしてようやく思い至りました。気づかずに明日を生きるより、気づいて良かったと自分を慰めて今夜もお酒を少々。
 
 
2012-02-18 Sat 07:03
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手蹟で見る大学のロゴ。


 大学内で発行されている雑誌の揮毫を見て「この字、ボクの先輩じゃない?」
 「よく分かるねぇ」と言うことで、母校の先輩が兼任でいらしていて揮毫したものと分かりました。
 以下、よく見かける大学ロゴは、謙慎の字、つまり青山杉雨先生。先輩はその孫弟子に当たることになるそうです。

 松本歯科大学
 大東文化大学

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先日実家で見つけた永井暁舟先生の御手本と添削された「蘭亭の序」。先生が今のボクより若くして亡くなられてから27年も経っていたのですね。


2012-02-17 Fri 12:32
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学統の帰趨と傍系の背理。
 慶應で『小右記』。相撲の節を読み終える。最初から「左」勝と決まっている勝負で、善戦したものの「持」の判定でいかがわしい「負」組となった実資の書きぶりがこれまたまた難解なのでした。この会も、そもそもは25年ほど前、黒板先生が慶應の兼任時代に院生有志と立ち上げた会が起源。今でも出身者ももちろろん居るけれども、参加者はほんど他大学出身で、「ヤドカリ状態」と言えば、そうも言えなくもないように思います。ただし、今は時代が違うので、この会のあり方もこれで可だと思います。

 と言うのも、霊能師とかに洗脳されて、家賃を払わず追い払われようとしている有名タレントの話題が、芸能情報を埋め尽くしているからです。言動もおかしくなっているようで、社会復帰も厳しいように思いますが、これも復帰プログラムがあるようだから、ここに乗せられるかどうかが鍵のようですね。ここではルールを守らないと「ヤドカリ」さんにはなれないと言う証明です。

 先日、自身の学統の帰趨を名誉教授が心配しておられると言う話題を書きました。出身大学、男女比に関しても、象牙の塔にメスが入ってきたこともあるのでしょう。これはカンフル剤として成功することもあるし、やはり失敗だったと言うこともあるでしょう。よくよく考えて見ると、純血率の高い大学の学統は当たり前として、厳密に「学風」の継承されている国文系大学そのものがほとんど無いことに気づかされます。もちろん、学問が常に進歩するものであることは承知の上で。何しろ結果的に、「伝統」があることが何よりの「自己存在の証」と言う側面が重要なこの世界ですから、外来種の移入は自己否定にも繋がりかねません。また学統にも、時の「本流」と「傍系」のせめぎ合いが必ずあって、これは大学人なら、多かれ少なかれ、経験があることでしょう。この「傍系」の嫉妬というか、背理というか、これが時流を形成するうねりとなり、「傍系」が本物の実力なら「本流」になっても良いけれど、偽物なら「背理」となる。言わば「弘徽殿女御」型と言うべきもの。嫉妬と言えば、「お前さんは、ねたまれやすい要素を持っているから立ち居振る舞いに気をつけるように」と言われたことを時々思い出すのですが、このような要素は、人間誰でも兼ねそなえています。先生は「この世界は▼の腐ったようなのばっかりだからな」とも仰せでした。▼はご想像にお任せします(笑)。また、最近ご一緒したある先生は、男社会のこの業界について、「男の嫉妬は女の嫉妬より醜い」との名言もありました。学問の世界の難しさはここにあるような気がします。そして、このことが個人の集合体である研究運動体の消長、帰趨となるのだろうと、年度の締めの会で考えていました。





2012-02-16 Thu 10:46
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少年老い易く、学成り難し。
198202 1982年大学に提出した「学生カード」の「副」本-証明写真。

 名簿作成のため、古い書類を整理したら、答案から通信簿から、なんと持ち帰りを許された「入試問題」まで出て来ました(笑)。しかも母校のものとばかり思っていたら、学科名が違うし、なにせ漢文がない…。古文に『源氏物語』『枕草子』が並んで出され「斧の柄朽つ」るの語義を問う古文漢文融合設問で玉砕。波瀾万丈の人生はすでにここから始まっていたわけだ。「現代書道20人展」常連の先生揮毫の「かな」の朱書きお手本まで揃っていました。いつか稽古しようと思って取っておいたもののようです。「言語学概説」のノートは、多和田真一郎先生(現・広島大学)ご担当のもの。自分のと、女子学生からちゃっかり借りたノートのコピーと二種類揃ってありました。

 下は、母校の「図書館報」昭和54年(1979)7月に掲載された一文。これも出て来て書いたことすら覚えていませんでした。16歳の文章なら「中の下」くらいとしておきましょう。

図書館報

2012-02-13 Mon 17:55
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