物語学の森 Blog版

このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。

文化十二年写本 粗本「竹取」は大魚なりき

 『竹取物語』の註釈が佳境に入りました。底本についての伝来と書誌情報を掲載しておきます。
                         横山重『書物探索』下巻、角川書店、一九七九年
                                   新井信之君(住吉物語の協力者)
  △竹取物語  文化十二年写本(古本系の唯一の本)
 わたしは、古活字版の十行本の「竹取物語」を二種もっていた。これは、どちらも稀本であった。これを新井君のために提供するのは当然であるが、それだけでは軽い。わたしは、古書店へ手紙をやり、「竹取」はどんな本でも、全部わたしへくれと書いた。二、三の書店から二、三の本が来た。
 大阪に村井というまじめな古書店があった。その主人は東京へ出て来ると、わたし宅へ寄った。そして、何かみやげのように、一つ二つの本を持って来てくれた。わたしは重複した本を、少し安くして、村井にやった。その村井が、金沢の旧家から買った本の中に「竹取」があったとて、それを送ってくれた。文化十二年の粗末な写本であった。こんなものを、十二円としては相すまぬが、仕入れが意外に高いから、がまんしてくれとあった。
「なるほど、十二円では、少し高いかもしれない」わたしも、その程度の本と見た。わたしは、寄贈という文字を紙に書いて、新井君のところへ送ってやった。あまりに軽い贈り物であるが、ないよりも増しだと考えたのである。
 二、三日後に、新井君がやって来た。ちょっと首を傾げたり、ふとニコニコしたりしていたが、わたしが訊ねると、彼は鞄の中から一枚の写真を出した。
  △伝後光厳院御宸筆名物裂  一枚
 これは一枚しかないという。そして、この名物裂の本文と一致する本文のある「竹取物語」は、今まで一度も見たことがないという。新井君は、今までに、約百本の「竹取物語」を見て来たのであるが、その度に、まずこの名物裂の部分を見て、やっぱりこれも、そうではないと思って、それから軽い失望の下に、副本を作って来たという。だから、最近はもう、あきらめてしまったが、ふと、夢に見たことが、二、三度あるという。と、今度の本がそれだった。
 「この名物裂の本文と、本文が一致する本に行き当たった夢を見たのですか」わたしは感嘆してきいた。
 「ええ、賀茂の三手文庫に、今井似閑が、別本と校合した、元禄五年の板本がある。その別本を、似閑は『古本』と呼んでいる。その古本の文章が、この名物裂の本文(九行分で百二十二字)に、大体あっています。ですから、今井似閑の頃までは、その『古本』はあったはずです」
 「ふうん」とわたしも感心した。「こんなつまらぬ本だが、学問的には、千金の本だったんですね。村井という小さい店の老人にまで、手紙でたのんだのが、当たった。特にたのまなければ、文化の写本などは、どこへ行ってしまうか、どこへ行っても、あなたの目には触れない。あなたが見なければ、その『古本』の写しだということも分からない」
 こういうことがあってから、半年の後に、新井君は発病したのであった。わたしは、直ちに新井君の「竹取物語」の「本文篇」を刊行せんと欲した。新井君の妹さんが、資料を運んで来た。わたしは、神経衰弱になっている太田武夫さんに応援を求めた。
 「太田君、これだけたのむ」わたしは、新井君のえらんだ八本の他に、武田博士、戸川浜男氏の蔵本を加えて、すべて十本の本文を掲出することにした。そして、四六倍判で、全部、十二ポイントの活字で組んだ。当時とすれば豪華版である。
 「本の形はわたしが引きうけた。校正は中沼さんと、太田君と、わたしと家内。最後まで、原本か、写真につく。一字も違えないから、安心してくれ。解題は太田にたのむ。あなたは後記だけ早く書いてくれ」わたしは、新井君の枕元で言った。
 太田君と中沼さんが、実によくやってくれた。殊に太田君の解題は完璧であった。わたしは、時々、新井君に報告に行った。彼はすでに絶望状態にあったが、やはり再生の希望は持っていた。わたしは校正刷りを彼に見せたり、極上の用紙見本を見せて、彼の心持を引きたてた。
 発病後、一か年余にして、彼はついに、その命を終わった。わたしは、印刷所と校正者の間を往復して、仕事の進行をはかったが、やはり及ばなかった。十八年から十九年にかけては、印刷事情の最もわるい時であった。本は新井君の死後に刊行された。極上の用紙は盗難にあって、普通の紙を使用した。
 「ああ、そうでしたか。新井さんも、野口さんも、注意すれば、助かったんですね。ああ」と、朝倉君は改めて嘆息した。

※著者(一八九六~一九八〇)は国文学者・書誌学者。赤木文庫主人。
 ※本章は雑誌「新文明」(一九五三~一九六一)に「書物捜索」として連 載されたものの一部である。
※麻布の第三高女 現・都立駒場高等学校 戦前は麻布にあった。

      
  
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何をどう読んできたか。

 快晴。いくつか講演会が重なりましたが、溜まった仕事も気になり、都内の講演会に赴きました。人文科学系拠点の大学だけあって、学部生を中心にみるみる座席は埋まってゆきました。
 約一時間の濃密な時間、青年の日々の読書が、いかに思想形成を決定するかと言うことを実感しました。ボクは岩波文庫の赤帯、青帯を意識しては読みませんでした。派生的に好きなものを読んできただけですが、もし、時間が許すのであれば、これは読まねばならない、と言う未読の著作を探そうと思い至りました。今日、遡上に上った著作、講話を掲げておきます。

 伊吹和子『われよりほかに』
 藤岡作太郎『国文学全史』
 橘純一「『源氏物語』は大不敬の書である」
 吉沢義則「平安朝文学の精神」(講演)
 加藤周一『夕陽妄語』
 中野好夫『文学の常識』/佐伯彰一の翻訳論
 山之内義雄訳/チェーホフ『桜の園』、アンドレ・ジッド『狭き門』
 鈴木忠志(舞台芸術家)の芸術論
 
 書き留めたメモには、旧制高校時代の滝川不敬事件(1933)の余波に触れられ、当時の『源氏物語』の社会的評価から、谷崎『源氏』の藤壺物語の削除、『国文学全史』の『源氏物語』の論述の各所が削除され、吉沢義則の講演名からも『源氏物語』が消されていたことを語られました。
 さらに、山之内義雄のリリカルな翻訳に関して、「現代語訳(翻訳)は独立した優れた作品である」と述べられ、その展開に鈴木忠志の言を引用しつつ「『(源氏物語』と言う)異文化の遺産にどう対面するか」、その鍵としての現代語訳の意義を論じて締め括くられたのでした。

 終了後、一番後ろの片隅にいたのですが、先生の退出経路に当たり、目が合ってしまったのでご挨拶しました。少し照れながらお笑いになり、そっと肩を叩いて下さいました。今日のこのことは永く記憶しておきます。

古典をどう読むか―日本を学ぶための『名著』12章古典をどう読むか―日本を学ぶための『名著』12章
(2005/01)
秋山 虔

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『講義 日本物語文学小史』『源氏物語の史的回路』『源氏物語の帝』

今週、頂戴した本を紹介します。

 広田収先生『講義 日本物語文学小史』金寿堂出版
 補注に先生の該博さ、研鑽ぶり、確固とした学問的姿勢を知ることが出来ます。この講義の際のテキストはこちら。
これからの日本文学これからの日本文学
(2004/04/10)
丸山 顕徳、

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 委員選考委員会でご一緒した袴田さんの第一作。「国語と国文学」「国語国文」からのデビュー論文を軸に、宇多天皇と『源氏物語』一筋、13年の軌跡が一望できます。

源氏物語の史的回路―皇統回帰の物語と宇多天皇の時代源氏物語の史的回路―皇統回帰の物語と宇多天皇の時代
(2009/12)
袴田 光康

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 『うつほ物語』を読む会でご一緒した春日さんのこちらも第一作。『源氏物語の帝』「帝」一筋の学位請求論文。最新の研究史までを精緻に辿り、丹念に彫琢された叙事詩の趣きがあります。

源氏物語の帝―人物と表現の連関源氏物語の帝―人物と表現の連関
(2009/12)
春日 美穂

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 学恩に感謝します。
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ジャージはお断り。

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 一時限目。ボクにとっては三島由紀夫の命日だというのに、ジャージで来た男子が何人もいて驚く。学生は、三島由紀夫のことすらうっすらとしか知らないようだから、1970年の主要ニュースを見てから、三島書簡を読みました。「小生たうたう」を「しょうしょうた、うた…」と読まれてのけぞる。「今から行く渋谷の大学にはジャージの子は見たことないぞ」と申し上げたけれど、あの近辺でジャージで歩くあんちゃんは、お巡りさんも黙っていないだろう、と言う世相に悲しくなる。
 雨が上がって銀杏並木も美しいキャンパス。『源氏物語』は「宿木」巻に到達。宇治の物語を読み始める。四時限目は修了論文でかなりお疲れとのことで、思い切って渋谷文学散歩に切り替え、区立博物館・文学館(写真は戦前の再現ハチ公と)、さらに國學院の貴重書展観を行う。おみあげの栞やはがきに喜んでおいででした。もうひとつの写真は三田へと移動途中のテレビ朝日のイルミネーション。
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学才にあらず 閥派にあらず たゞ至誠にあり

  池田亀鑑先生略歴碑除幕式 
没後53年、いまだに顕彰されている池田亀鑑。国文学の世界の偉人と言ってよいでしょう。様々な毀誉褒貶もあり、戦前の『校異源氏物語』に参画したお弟子さんと、戦後の『源氏物語大成』の若いお弟子さんが親しく付き合うのを嫌がっていたと言う話もありました。このあたりで、『校異源氏物語』の成立過程が曖昧になり、伝説化されているところもあるように思われます。
 「生涯稽古」「学才にあらず 閥派にあらず たゞ至誠にあり」は好んで揮毫していたことが知られます。
古典学入門 (岩波文庫)古典学入門 (岩波文庫)
(1991/05)
池田 亀鑑

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 ※ 没後、桐葉会なる門弟の会が組織され、森本元子先生、萩谷先生が幹事となって33回忌の会を持ったことをお聞きしました(1989年の暮れ頃と記憶します/命日は1956年12月19日)。多磨霊園、旧桃園文庫の顕彰碑もこの会による建立です。

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昭和12年(1937)の『校異源氏物語』。

図1
 先日参加したシンポで、『源氏物語大成』(中央公論社、1953-1956年)に関する石田穣二先生(1925-2003)のお仕事への言及がありました。そこで、それ以前の数少ない『校異源氏』作成過程に関する証言をここに記し留めます。

 (写真は、翌昭和13年(1938)10月8日、就職して帰郷した下記参加者の許に送った池田亀鑑のはがき(架蔵)。表面には「銃後の護りを固めませう」という消印があり、谷崎『源氏』に関しても言及されている)。

「知ラザルヲ知ラズトセヨ、之レ知ル也」(上)ゼロからの出発・学問の道
                                  萩谷朴

 池田先生は仰有った。
  「今、この二階で、大学院の人たちが私の『校異源氏』の原稿の最終点検をしてくれているのですよ。どうですか。君もその仲間にはいって手伝ってみませんか。」

  これには驚いた。何しろ大学にはいりたてホヤホヤの一年生である。大学院の先輩にまじってのお仕事とは、畏れ多いような気もしたが、ともかく変体仮名は読めるようになったし、『艱難汝ヲ玉ニス』という諺もある。大胆にもハイと承知の返事をして、先生に連れられて二階へ上がると、先輩の諸氏にご紹介戴き、その日から、同じ机を囲んでお仕事をさせて戴くこととなった。
 斎藤秀雄(春名好重)・桜井祐三・石清水尚・松村誠一・長船省吾の東大大学院の方々の他に、國學院の清田正喜、大正大学の永井義憲・清水文雄諸氏、木田園子、奥野昭子・加藤(佚名)さんなど、十指に余る大所帯である。銘々が、転写本や青写真・フィルムなどを担当し、斎藤氏の読み上げる『校異源氏』の原稿と、各自が眼前にする本文とを聞き較べて、誤読があったり、脱落したり、或いは誤読のない箇所を衍って取り上げていたりする箇所を発見して、原稿の訂正を提議するという、厳密な作業であった。一番未熟な私には、読み易いようにと、胡蝶装も美しい、国冬本があてがわれたが、斎藤氏の読みあげる声に遅れじと、写本の文字に目を光らせ、誤読はないか、脱落はないか、衍加はないか、急いで手を挙げたものの、間違えて恥を掻きはしないかと、その緊張は、並大抵のことではなかった。                                      52頁

                     『古代文化』通巻477号、1998年10月号 古代学協会
                      ※ 昭和12年7月 筆者(1917-2009)は当時19歳
                      ※ 「この二階」とは池田亀鑑の私邸・桃園文庫のこと
 『萩谷朴 人と教育』赤堤会、1991年
 「萩谷朴業績区分別目録」 E=協力 年齢
 E 1 19 昭和12・7~15・3 池田亀鑑助教授『校異源氏物語』作成に協力
                            (中央公論社 昭和17・10刊) 

     ※ 昭和15年3月 現行『校異源氏物語』の完成原稿入稿成る
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学習院で。

20091122084818

 池袋から歩くつもりが、遅刻しそうになり、バスに切り替え、学習院下で下車。鬱蒼とした森のもとにある門から学習院に入りました。そこには馬術場があったのですが、これは見覚えのある光景。おそらく、この映画の一場面からでしょう。ここに三島少年が馬場で友人と力比べをするシーンがあります。
Mishima: A Life In Four Chapters (1985 Film)Mishima: A Life In Four Chapters (1985 Film)
(1996/03/22)
不明

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 今日は、合評会につき、そのレポートで、プロフェショナルの書く技術とはいかなるものかを学んだのでした。

読む源氏物語 読まれる源氏物語読む源氏物語 読まれる源氏物語
(2008/09)
吉井 美弥子

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進学指導特別推進校。

 快晴。出張でパン工場に研修に来た弟を戸田に送り、準備をして、都下南西部地区の進学指導特別推進校へ。この仕事を始めて何年にもなるけれども、本郷、湘南(本部は三田)、高田馬場にある大学の諸先生方が顔を揃え、来ていないのは国立駅にある大学くらいではないかと思われるほどの充実ぶり。コーディネート、さすがです。演題も「DNAロボット」の第一人者の講義もあり、こちらが聴講したいほどでした。生徒さんからの質問の時間があり、「この分野を学ぶことで、どんな教育効果があるのか」とか、「この講義の自己評価をしろ」とか、それはそれはエグいものばかりで緊張の一瞬でした。帰宅するとすでに日は沈んで、5時というのに外は夜の気配です。
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鹿島遠征。

20091120094234

 驟雨。毎年恒例、鹿島での模擬授業で遠征。控え室には、大学院同期の先生が「経済学」担当の某大教授としてでおいででした。同じく信州出身の誼で、「よぉ」と申し上げたものの、反応弱し。当方の風貌が変わりすぎたからかも知れません。その昔、院生会連合と言う横の会がありましたが、形骸化してお金だけ有るので、親睦会を開いて消化してしまおうと発案したのが彼。一応、ボクが日本文学専攻の代表者(いつも損な役回りです)で、当時いらした二人の法皇、上皇の如き(読んでいらしたら笑って下さい※)先輩にお尋ねしたところ、「先輩方の浄財を呑んでしまうなんて」とにべもなく却下。ともあれ、ちと気まずくなったまま、とんとん拍子で学部卒業の母校へと戻られたのでした。その後しばらくしての後日談もありますが、これはいずれ。

 ※ 以前、法皇先生の著書を紹介したら賀状に礼が認めてありました。 

 「冷泉家の古典籍」の話は、ボクの講義のご担当の先生が京都は銀閣寺の側の大学ご出身と言うことで、とても喜んで下さいました。

 帰りがけの高速バス、当初お客さんはボクだけ。運転手さんが「今日は水戸からの助っ人だから、おれも勝手がわかんねぇっぺ」とかなんとか、にこやかに話しかけて下さいました。勢い、一番前の席に座ることに。しかも、四街道の先で事故発生と見るや、「こういうときはどうすんだべ」と仰り、「行っていいんでしょ」と言うボクの声を無視して、なんと高速を降りてしまうと言うハプニング。カーナビもない車両で、ボクがケイタイで情報を探し、「宮野木まで規制ですよ」とかなんとか、運転手さん、本部ともケイタイでやりとりしていると、「解除になった!じゃあ戻ります」だって。あの20分は何だったのか!前回も居眠りしていたお客さんの懇請で一つ前の停車場まで戻ってしまったお蔭で、ボクは途中からタクシーを使う羽目になったし…。…ここは鬼門です。写真は激混みの首都高速深川付近。

◇◆「勉誠通信」第15号◆◇━━━━━━━━━━━━━

<No. 15目次>

図書館とは何のために存在するのだろうか?  小林麻実
「柳宗元─逆境を生きぬいた美しき魂」を書き終えて  下定雅弘
范蠡のはなし  山田尚子
漱石は実際に〈琴〉の音を聴いていたか。その二  上原作和
啓蒙の文法─文学部の逆襲のために  土佐秀里
麺類の語源と博物誌 その一  小林祥次郎

 
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お父さんが買ってきたら怒ります。



 国宝 内大臣家(藤原忠通)歌合』(元永元年-1119、根津美術館 )の複製(便利堂、1943年、25圓)を持参して、「「歌合」とは何ぞや」。

 内容より気になるのはお値段のようで、「当時の物価指数からすると、25圓は1/3600の値段だよ」と説明すると、「うちのお父さんがこれを買って帰ってきたら怒ります」と言われました。お父さんなる存在はかくも悲しいポジションらしい、と言うことを学びました。

参考日録.2007.10.27
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