物語学の森 Blog版 2008年05月
今井上 著 『源氏物語 表現の理路』
2008-05-31 Sat 08:48
雨。終日クールダウンの日とする。丁寧な書簡とともに、今井上(いまい・たかし)さんから、
『源氏物語 表現の理路』を拝領。まさしく「理路」をキータームに『源氏物語』を論じた一冊。将来、学界をリードするであろう若手の一冊に元気が出ました。ありがとうございます。
  
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秋田男鹿半島。
2008-05-30 Fri 09:22
 雨。朝一番で秋田新幹線。三年前にも伺った男鹿の高校で進学講話。盛岡まで北上して、その後、列島を横断する感じ。これで三時間半。ところが、男鹿線が11:16のあとは12;53までないのでお昼をゆっくりとり、秋田駅前のジュンク堂に立ち寄る。自著の売り位置を確認。秋田にも古典を啓蒙するするために、声優さんの朗読ツアーもいいかもしれないなどと考えつつ、列車へ。膝つき合わせる昔ながらの列車で一路目的地へ。母と同世代のおふたりと乗り合わせるも、まったくネィティブの訛り?でボクの音声辞書に変換するのにかなり時間がかかるほど。カーテンを下ろしたときにお礼を言われたことだけはわかりました。タクシーで高校入り。今日は生徒さんと同じ数のお母さん方も見えたので、学費と奨学金と一人暮らしと寮の話に比重を置き、最後は推薦入試のスケジュールでまとめ。
 駅まで送っていただくと、さっきのタクシーの運転手さんが、「センセイ、もう講演お終いですか」とにこやかに手を挙げて迎えてくださいました。
 福島まで間断なく携帯が「圏外」となる新幹線を乗り継ぎ、22時前帰宅。おうふく10時間。よく頑張りました。夜はさすがに爆睡なり。

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渋谷・青山の意味。
2008-05-29 Thu 05:24
20080529052018


 晴れ、のち曇天。明治、青山と移動の日。演習は来週辺りから個別の発表に移行するため、『源氏物語』全体を見渡すまとめとして映像を使用(写真)。ただし、パソコン音声とボクのヘッドフォンマイクの併用が機能容量オーバーゆえにままならず、解説が結局おざなりになった感あり。ちと反省。 ただし、映像は喜んでもらえたようでした。
 帰りがけ、めずらしく渋谷でいくつか買い物。それにしても、青山、渋谷と言うのは、坂の町であるからこそついた地名なのですね。歩いてみるとよく分かります。
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初夏の景。
2008-05-28 Wed 06:50
 快晴。福島県白河地方の高校。田植えが終わり、水田に反射する光が眩しい。生徒さんも純朴そのもの。三月に行った都会の高校生のスレ方との落差を思い返して、あとから唖然とする。
 ただ、文学を志す高校生はいなかったようで、それだけが残念。
 夕方は、國學院で『うつほ物語』を読む。氷室の氷がキーワード。
 
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折り返し点。
2008-05-27 Tue 07:30
 快晴。真夏日。教員室は蒸し暑いほど。ちょうど前期折り返し点となり、期末試験の日程調整も始まりました。一年生も大学になれてきたらしく、特に体育の後の五時限目は、やや脱線気味の質問も多し。ともあれ、どの質問もそれなりに誠実、真面目に答える。ただ、最初の時間にした自己紹介もすっかり飛んでいる人がいる。関心がないのならそれでよいけれども、こういう人は上司の評価は高くないはず。ちと配慮が必要でしょうか。
 今月の出張レポートは渋谷。なんとか土日を外そうと日程を苦心している人がいましたが、ついでに青山通りに歩いて行くのにもいい季節だと思います。

 
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魂を揺さぶられるような論文とは。
2008-05-26 Mon 07:07
 雨のち曇天。週明けから遠征が続くので、夕方ジムに行った他はほぼ終日自宅で過ごす。原稿少々。このところ、泰斗の「研究書、論文は増えたけれども、最近は魂を揺さぶられるような論文に出逢ったことがない」との発言が脳裏を離れないのです。今作っている本は間違いなく、ボクが「魂を揺さぶられるような論文」だと感じ入ったもの。その志、準備に掛かった年月の重さ。
 そんなことを考えています。
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朝日新聞読書欄に広告。
2008-05-25 Sun 12:06
 雨。朝日新聞の読書欄の広告に『テーマで読む源氏物語論』の広告を出していただきました。ボクの担当は「本文史学の展開」。山脇毅、池田亀鑑、山岸徳平、中村義雄など鬼籍に入られた昭和を代表する源氏学者の論文を始め、現在も学界の指導的立場にある先生方の論文に、巻頭論文は第一線の研究者の書き下ろし。論文毎に編者、つまりボクの解題、そして「総括と展望」の論文、これを第一部、第二部は「言葉をめぐる精査」です。
 パンフレットに載せるために書き下ろした紹介文の原案を記しておきます。
 
 一千年の時空を経て書き継がれて来た『源氏の物語』。――由緒ある伝本の所有と学統の継承は家門を誇示することであったから、本文は多様に錯雑化し、鎌倉期には「河内本」「青表紙本」の校訂本文が登場する。近代文献学の黎明期、研究者達は競って善本を博捜した。「隆能源氏」詞書本文、「阿仏尼本」、「大島本」の伝本調査と本文批判を通して、〈戦国時代〉に突入した『源氏物語』の本文史研究における必読の論文を精選する
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「たてまつらせたまふ」をどう教えているか。
2008-05-24 Sat 08:45
 快晴。真夏日。友人から

 「『枕草子』「中納言まゐりたまひて、御扇たてまつらせたまふに」についての質問を頂戴する。曰く、
 この「たてまつらせたまふ」は「せたまふ」という最高敬語なのか、それとも「たてまつらす+たまふ」なのか…、参考書や注釈書のほとんどは最高敬語となっているが、今使用している教科書の指導書だけは前者になっているのだが…。

 とのこと。さっそく調べてみました。問い合わせの本文は「中納言殿の」とあったので、能因本を底本としているらしくもあり。
 『古典集成』には「扇を進上なさる時に」と訳していて、謙譲。隆家は中納言(995~996)と銘記されており、定子の薨去前の任官時、かつ長徳の変での失脚前ということ。姉の中宮定子の前では17歳の中納言でしかないわけで、清少納言が女主人の弟に最高敬語を使うことはあり得ない。
とすれば、おそらく、多くの辞書に「たてまつらす」が立項されていないので、従来の最高敬語にしているのでしょう。ボクが関係した『角川全訳古語辞典』三省堂の『全訳古語辞典』では「たてまつらす」を立項し、前者では④にこの本文を上げて「「奉らす」が本動詞の場合」としてこの解釈のとおりに説明しています。
 ボクも古典講読の教科書を作ったので分かるのですが、編集者からしてみれば、「現場からの問い合わせに説明できるようにしてください」と希望が寄せられました。多くの高校には辞書も古典叢書も古いバージョンのものしか置いてないことがほんどなので、なかなか新説に切り替えられません。逆に辞書から立項があれば、指導書もより合理的な解釈に切り替えられるわけです。
 また、著名な段でもあり、むしろ最高敬語を教える絶好の機会だとして、古い解釈を踏襲している場合が多いのでしょう。検定も通っていることでもあり、こんなところでこの解釈が流通しているのではないかと思われますが、よくよく考えてみるとこれはこれでかなり困ったことだ、というわけです。

 
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頂いた本など。
2008-05-23 Fri 09:15
 先週来、頂いた本を紹介します。ありがとうございました。
源氏物語の〈記憶〉源氏物語の〈記憶〉
(2008/05)
橋本 ゆかり

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 高木和子『女から詠む歌 源氏物語の贈答歌』

日向一雅編『王朝文学と官職・位階』〈平安文学と隣接諸学〉
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古註釈の資料〈史料〉性 『伊勢物語知顕集』と『御堂関白記』。
2008-05-22 Thu 10:14
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 快晴。明治・青山・慶應と都下縦断の一日。講義予定を順調に進めています。演習ではパワーポイントで「紫式部の本名」の前半。『紫式部日記』の記事が源氏物語千年紀の根拠になったことと12月29日の初出仕の記事と古記録の「掌侍香子」の記事の正月29日の符号性を中心に話をまとめる。
 
 夜は慶應で『小右記』長和二年(1013)三月廿日条。道長の専横が皇后宮の動静にも及ぶ。皇后宮が在所とした家への論功にも不満を漏らし、通任ではなく、為任を褒賞すべきであるとし、「然らば、伊賀の人に伊勢の人を借るるか」『御堂関白記』同日条と記しています。
 最後に『御堂』も同日条を読み合わせることになっているのですが、この注釈に注目すべき記事がありました。源経信『伊勢物語知顕集』(和歌知顕集)に見える慣用句「伊勢や日向-死んだ伊勢人を甦らせるのに日向人の身体を用いたため、あれこれと不都合が起きた故事」を用いて道長が怒りをぶちまけているのです。道長は、故事を転用し、兄弟である通任・為任を隣国どおしの「伊賀・伊勢」と変換させて、この処遇を「言語道断である」と書いたと注釈はこれを読み解いたのでした。
 もちろん、『伊勢物語知顕集 』上下二冊 (源經信)は後代の史料ではあるものの、最近、『河海抄』の「伊勢物語云…」はこのテクストであると云う瞠目の報告もあり、重要性は増しています。ちなみに、この指摘は、史学の方ではなく、物語言説に於ける歴史的文脈を先端的に開拓する先達・畏友の手になるものであり、普段はいかにモノを知らないかを痛感させられるこの時間、先達のおかげで少しばかり溜飲を下げた夜となりました。(写真は二次会の光景)

 
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