物語学の森 Blog版 モディ
近刊案内-10月刊行。
2011-07-25 Mon 09:15
 近刊案内を用意して頂きました。鋭意執筆中です。予約して下さいね。
 写真は英国籍貿易商モディさんの暮らしていた当時の神戸オリエンタルホテル。昭和20年の空襲で焼失した建物ですが、ここに阿仏尼本が約15年間秘匿されており、池田亀鑑・松田武夫一向が、昭和五年、門前払いにあったと言う、『源氏物語』にも曰く付きのスポットです。
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新聞記事復刻-「モディ氏逝く 神戸の奇人」
2011-06-28 Tue 07:02
「朝日新聞戦前データベース」から重要記事を復刻しています。その第一弾です。

  神戸オリエンタル・ホテルの三つの特別室にとぢこもったまゝ十七年間全く浮世と絶縁し金にあかして蒐集した時価二百万円に近い日本の古代時計や蒔絵の蒐集品に埋まって暮すインド人――百万の財を抱えた人間嫌悪症のホテルの奇人N.H.N.モディ氏が十日午前八時三十五分脳溢血のため忽然と死去。七十二年の奇人生涯を終った。
○ モディさんの人となりを説明すると香港開拓者でありかつ香港大学の創立者として英国貴族に列せられた名家の嫡子で、来朝中にたま/\横浜で関東大震災にあひ、昭和三年四月から神戸オリエンタル・ホテルに蟄居、すでに廿余万円からのホテル費を拂って悠然、しかもこの間蒐集した多数の古代時計、蒔絵のために倉庫を借り切ってゐた。時計蒐集家としても著名で最近は日本精神なども研究していた。
○ みとるものは僅かに取引先の骨董商四、五人に過ぎず、葬儀、資産処理は兵庫県当局で近く処理することになってゐる。なほ彼の美術品は「完全に保存して呉れる者があればその人へ委託したい」といふのが彼の希望であったので、関係機関では早くも記念美術館設立の計画が樹てられてゐる(神戸)   朝日新聞 昭和十九年二月十日 木曜日 夕刊 二面

写真-1941年当時、オリエンタルホテルでのモデイ氏。


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榮一先生のこと。
2007-09-06 Thu 15:04
 「邦明の父です」。栄一先生はスピーチでいつもこんな風に自己紹介されていました。まだ学会の異端児であった物語研究会の存在を意識してのユーモアであったように記憶しています。
 先生は、阿仏尼本『源氏物語』が揃いで神戸のインド人貿易商・モーデの許にあった頃、つまり昭和の初期、すでに全巻を書写していた武田祐吉邸を山岸徳平先生と共に訪ねてこれを写されたとのことで、僕もその当時のお話を窺ったことがありました。
 だから、戦前には、原本の他に、阿仏尼本は武田祐吉校合本と三谷校合本の都合二種類の校合本文があったことになります。これが山岸徳平校注『日本古典文学大系』の校訂本文の一つとなったのでしょう。当時としては最高水準の本文が提供されていたことになります。

 僕が、水戸で行われた物語研究会の大会で阿仏尼本の話をしたところ、邦明さん御夫妻は、「親父のところにあるかもしれない」と、わざわざ僕のために、榮一先生のお宅の書庫を探してくださったことがありました。ほんとうにありがとうございました。
 
 榮一先生の本を僕が唯一評した文を掲げ、ここに哀悼と感謝の念を表します。
三谷狭衣学の文献学史的定位の問題 
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三谷 栄一 (2002/02/28)
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