物語学の森 Blog版 源氏物語の巻
常陸になりて下りしかば。
2017-08-31 Thu 08:34


 午前中に仕事を終えて、石岡市ふるさと歴史観(石岡小学校敷地内)に足を延ばしました。小学校の校地整備で常陸国府全体の遺構が発掘調査されています。作者の常陸国の知識は、『万葉集』以来の「筑波山」をめぐる歌枕>から得たものとされています。
 
  「道のはてなる常陸帯の」と、手習にも言種にもするは、いかにも思ふやうのあるにかありけむ。「竹河」巻

※東路の 道の果てなる 常陸帯の かごとばかりも 逢ひ見てしがな(『古今和歌六帖』五巻三三六〇)

これに受領の家出身として、外祖父・藤原為信が常陸介であったことが重要な要因であったのだろうと推測します。

『『源氏物語』と常陸国

 伊予介といひしは、故院崩れさせたまひて、またの年、常陸になりて下りしかば、かの帚木(空蝉)もいざなはれにけり。須磨の御旅居も遥かに聞きて、人知れず思ひやりきこえぬにしもあらざりしかど、伝へ聞こゆべきよすがだになくて、筑波嶺の山を吹き越す風も、浮きたる心地して、いささかの伝へだになくて、年月かさなりにけり。限れることもなかりし御旅居なれど、京に帰り住みたまひて、またの年の秋ぞ、常陸は上りける。  「関屋」巻

 あいなくそのことに思し懲りて、やがておほかた聖(宇治八宮)にならせたまひにけるを、はしたなく思ひて、えさぶらはずなりにけるが、陸奥国の守の妻(中将君)になりたりけるを、一年上りて、その君平らかにものしたまふよし、このわたりにもほのめかし申したりけるを、聞こしめしつけて、さらにかかる消息あるべきことにもあらずと、のたまはせ放ちければ、かひなくてなむ嘆きはべりける。さてまた、常陸になりて下りはべりにけるが、この年ごろ、音にも聞こえたまはざりつるが、この春上りて、かの宮には尋ね参りたりけるとなむ、ほのかに聞きはべりし。
 かの君の年は、二十ばかりになりたまひぬらむかし。いとうつくしく生ひ出でたまふがかなしきなどこそ、中ごろは、文にさへ書き続けてはべめりしか」 と聞こゆ。              「宿木」巻

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歌語・鈴虫
2017-08-29 Tue 08:01


 「鈴虫・松虫」を調べようと文庫本を開くと、目次のところに先生のサインを頂いていました。「鈴虫」は『古今集』には見えない歌語で、小野宮家の十八番。「鈴虫に劣らぬ音こそ泣かれけれ昔の秋を思ひやりつつ」(後撰集・雑四・一二八七・小野宮実頼)が早い例であること、『永延二年七月七日蔵人頭実資歌合』、当時(988年)蔵人頭であった小野実資家の歌合が「歌語・鈴虫」のひとつのエポックで、これが『源氏物語』「鈴虫」巻に詠まれた歌語に重なる詠歌が多いことをわかりやすく説いています。専門文献は以下の通り。

参考文献
萩谷朴「紫式部と鈴虫と小野宮実資」「国語と国文学」33巻7号、1956年7月
萩谷朴「91 永延二年七月七日蔵人頭実資歌合」「92 同七月廿七日蔵人頭実資後度歌合」 『増補新訂 平安朝歌合大成』巻1、同朋舎、1995年
上原作和「歴史と文化の結節点としての『源氏物語』」『テーマで読む源氏物語論 3 歴史・文化との交差/語り手・書き手・作者』
勉誠出版、2008年
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書き出しは決まったものの…。
2017-08-08 Tue 07:16
  ふたつの「桐」の物語

 我が国を代表する物語文学は、ともに「桐」の物語から始まる。『うつほの物語』は、大陸を跨ぐ巨木の桐から切り出された琴の相承の物語であり、その言われは主人公の藤原仲忠が、清原俊蔭の娘と北山杉の洞穴で生活しつつ琴の相伝が行われたことによる書名である、また『源氏の物語』は局に桐の植えられた平安京内裏の淑景舎が物語の発端であるからだ。

 桐は梧桐(アオイ目アオイ科、十五~二十㍍)と白桐(シソ目キリ科、十㍍)とがあり、樹木としては別類である。ただし、ともに「桐」として呼び慣わされために混乱が生じたのであろう。『斉民要術』(中国北魏の賈思勰(かしきょう)著の総合的農書。五三二年から五四九年)は両者を青桐、白桐と書き分けている。後者は桐箪笥のように最高級木材として重宝され、下駄や箪笥、琴、箏(こと)、神楽面の材料となっている。また、梧桐は鳳凰の止まる木として神聖視され、日本では白桐を以て嵯峨天皇の御代から天皇の衣裳の刺繍や染め抜きに用いられ、「菊の御紋」に次ぐ高貴な紋章とされてきた。かつて日本では女の子が生まれると白桐を植え、結婚する際にはその白桐で箪笥を作り、嫁入り道具にするという風習もあった。白桐は成長が早いためにこのような習わしが可能なのである。

乞御期待。
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田村隆著『省筆論-「書かず」と書くこと』
2017-08-05 Sat 08:16
 著者から『省筆論-「書かず」と書くこと』拝領。ありがとうございます。
 出色の論文は「「涙」の表記」(初出2012年)。これは、陽明文庫本の江戸期補配の巻の本文「初音、藤袴、幻、匂宮、橋姫、総角」の「なみだ、涙」表記に「泪」が見られることを起点に、これが『絵入源氏』版本の書写であることを実証した労作。とりわけ、「初音」巻は大島本が、池田亀鑑によって別本とされていたことから、小学館、日本古典文学全集では、陽明文庫本を底本としていたわけで(『完訳』では大島本、『新編全集』では池田本を採用)、全員泉下の客となった校注者の諸先生も苦笑いしているだろうと思われます。

 以下、目次

主要目次
「書かず」と書くこと

第一部  
省筆論
夕顔以前の省筆
貫之が諫め
卑下の叙法
「ようなさにとどめつ」考
「思ひやるべし」考
与謝野晶子訳『紫式部日記』私見
省筆の訳出
「御返りなし」考

第二部 
施錠考
村雨の軒端
硯瓶の水
いとやむごとなききはにはあらぬが
「涙」の表記
玉葛の旧跡

The Uses of Ellipsis: “Telling”Without Saying
Takashi TAMURA
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岩波文庫新版『源氏物語』を読む。その二。
2017-07-30 Sun 07:12
 夕顔巻の光源氏覆面説に関する註釈を、拙註『人物で読む源氏物語』によって示し、あわせて岩波文庫新版の見解を示す。光源氏の和歌については、加筆が見られる(校注・藤井貞和/補訂・陣野英則)。覆面説は、やはり『新編全集』中、最も珍解と云うべきであろう。

○顔をもほの見せたまはず-『完訳』「覆面と解されているが、いかが。相手からまともに見られぬよう務めているというのではないか」。『新編全集』「覆面は僧兵の服装としてよく知られているが、『北野天神縁起絵巻』には、普通の僧侶、『春日権現縁起絵巻』には、女性の各覆面姿が見える。臨機に広く用いられたとすれば、ここもそれか。前記の三輪山説話を加味するねらいが察せられ、また「任氏伝」の人物が覆面しているのも思いあわせられる」『新大系』「顔を袖などで隠し続けて正体を見せないでいる。布などによる覆面ではあるまい」。盛行した覆面説だが、後の「紐とく花」の解釈からして、『完訳』『新編全集』にも揺れがある。袖で顔を隠す程度の意で、今は否定されたと考えて良い。  以上『人物で読む源氏物語 夕顔』

※岩波文庫新版「顔を袖などで隠し続けて正体を見せないでいる。布などによる覆面ではあるまい」

○夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ-源氏の贈歌。「夕露に」というが、まだ夕方にはなっていない。「紐とく花」は花が開く意と女の下紐を解く意を懸ける。自分が今、顔を見せる意と読む『新大系』。「玉鉾の」は「道」に係る枕詞。『新大系』「夕べの露を待って開く花のかんばせは、あの道すがらにあなたによって見られたご縁であったことよ。「えに」は「縁に」。女の「心あて」の歌(103頁)を受けて、あの夕べに見られた顔はわたし(源氏)であったと明かす」。今、こうして下紐を解く契りを結ぶのは、五条大路で出会った縁によるのです、の意であろう。『完訳』「「花」は、源氏自身の顔。「紐とく」は、顔を見せること」。『新編全集』「「夕露」は源氏。「花」は女。「紐とく」は下紐を解いて契りを交すの意で、二人が深い仲となったのは、五条の宿の通りすがりに見かけた奇縁によるのだ、の意」。 以上『人物で読む源氏物語 夕顔』(『新大系』の引用で一部略した部分を補った)

※岩波文庫新版「源氏の歌。夕べの露を待って開く花(夕顔)のかんばせは、あの道すがらにあなたによって見られたご縁であったことよ。夕顔の花を詠んだ歌(242頁)を受け取ったのはこのわたしだと明かす。夕顔の花と女とを重ねて、夕べの露を待って開く花のようにあなたがうちとけるのは、あの道中のしるべのように見えた枝の縁によるものだったのですよ、とも」
岩波文庫新版『源氏物語』を読む。その二。の続きを読む
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