物語学の森 Blog版 池田亀鑑
日南町ゆかりの文学者・池田亀鑑
2017-05-28 Sun 07:36

 原豊二さん監修。ありがとうございます。気になるところ二ケ所、東大文学部副手が①「無給」とありますが、長野嘗一氏の評伝では副手になったことを含め、①「学者としでの多忙な前途が開けてきた」と明記されてあり(つまり俸給あり)、さらに昭和四年末からは大正大学教授等も兼任、②「職がなかった」わけではなく、むしろ多忙。図書費だけでも当時の大卒の月給六十円に対して、月百円とあり、潤沢。関係先にも配慮が必要、二刷から訂正が必要です。
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昭和4年2月号「日本少年」談話室 編輯室より
2017-01-16 Mon 06:55
 懸案の原稿はほぼまとまりました。更新が滞ったので、一部新資料を公開します。昭和4年(1929)2月、(24巻2号)、池田亀鑑(当時32歳)は、1月号から青山桜州として「日本少年」名誉主筆を務める。巻末の編集部欄を翻刻引用します。

談話室 編輯室より
日少の黄金時代!日少の黄金時代!全く、我が「日本少年」の黄金時代が現出しました。全日本憧憬の的、青山櫻州先生を名誉主筆に推戴し、在来の編輯方針を一新して以来、俄然、人気は日少に集中し、十二月號も売り切れ、一月號も忽ち品切れ、買ひ遅れた少年が本社にわざわざ来られても、一部も残ってゐないといふ盛況でした。この具合では、今後もどの位部数を増やしたらよいか殆んど見当も附かない有様です。これといふのも、鬼才青山櫻州先生の身魂をつくしての御努力と新進の内山一英先生のご尽力によることと感謝して居ります
 窓越しの雲
 (抄録)
▽僕は青山櫻州先生が日少の名誉主筆になられた事を心からお祝申します。我等の櫻州先生、萬歳!萬歳…                (京都市 村田まさ行)
▽記者様何といふ発展ぶり! 日少の十二月號は何といふ喜びを僕等に持つて来たか!青山先生が主筆!入選したもののゝ等級を我等が定める等々実に面目一新です。又僕の愚作を自由詩へ入選とは又後に便りします。全日本の少年の為に、青山先生、しつかり頼みます。奮闘して他雑誌を抜いて日少を第一位に置かれんことを。
                           (鳥取縣 大西赳夫) 
▽僕はさん/\と秋雨の降る晩本屋に行つて日少を買つてきた。日少十二月號… 僕は中を開いて見ておどろいた。これこそ昭和三年最後の輝だ。一路主筆の代りに青山櫻州先生が主筆になられたね。青村、一英、三人よく共同して一月號に負けないやうに立派に作つて下さい。又文藝欄がかはりましたね。僕はこの挙に乗じてどし/\投稿しますからお見捨てなく先生方頼みますよ。       (新潟縣 藤間生)
▽十二月號を読んで一番驚いたのは、青山先生が主筆になられた事です。先生の名文は、私達のあこがれるもの、今後の本誌こそ目覚しいでせう。それから、文芸欄の改革記念時計を、目標に努力した私にとつて何て悲しいことでせう。もうメタル四つ貰つてゐたのに。しかし、本誌の改革の第一歩として仕方ないことでせう。
                           (徳山縣 竹山朝夫)
▽記者先生!此の度は青山先生をお迎えして、日本少年萬歳ですね。実に愉快です。その第一回目の十二月號の出来榮へは表紙からして、スバラシイものでした。長篇物は勿論ですが、野口先生の「決死の投手」はよいものでした。読んで涙ぐみました。内山先生の「フランダースの犬」も一息に読んでしまひました。両先生の来月の御作が待たれます。                    (札幌市 能登建三) 
▽今月號よりあの青葉の夕霧城の青山櫻州先生が主筆に立たれたのは全くの夢の様です。先生益々御健康により日少を輝かして下さい。    (名古屋市 酒井繁雄)  
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池田亀鑑のラジオ出演情報増補
2017-01-12 Thu 08:20
 池田亀鑑のラジオ出演情報、東海大学付属図書館にある、日本放送出版協会刊行のラジオ教材四点から情報を増補しました。これらは『もっと知りたい池田亀鑑と『源氏物語』』第4集に、小説・ラジオ出演リストを掲載していただこうと思っています。第3集刊行直後のあるtwitterに、「年譜ではなく著作目録を載せろ」と呟きながら日本近代文学館へ向かう記事を発見。さっそく要望に応えます。
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師走雑観 
2016-12-30 Fri 07:42

 珍しく長短六本の原稿の締め切りを抱えている師走、2000字の新聞書評、自身の企画立案4000字二つ、科研報告書に目処が立ったので、例年通り帰省。見事渋滞にはまり、埼玉脱出に三時間。疲れ果てました。
 正月は架蔵の『日本少年』大正14年の各冊を読み込みます。七月号表紙は『馬賊の唄』の山内日出男少年と愛馬西風。高畠華宵の著作権は明日消滅。書影はすでに切れています。同号には青山櫻州『祖国のために』も連載中。小説家として、池田亀鑑が絶頂期にあった時期に当たります。
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『読売新聞』昭和6年5月の池田亀鑑-池田本『源氏物語』のことなど
2016-12-13 Tue 06:23

左 昭和6年5月5日付ラジオ欄/右 昭和6年5月5日付文芸欄

 現時点で最も古い池田亀鑑のラジオ出演記事は「読売新聞」昭和6年5月5日。「普通学講座」(5)を東京女子大学教授・倉野憲司とともに担当。肩書きは「大正大学教授」。翌6日は文芸欄で「國寶級の古書を掘出す-寂恵本「古今集」と八千圓の「源氏」」後者・『源氏物語』の記事中に登場。「昨年秋に開かれた関東西聯合古本大市に、形は四寸四方の眞四角な古寫本「源氏」五二帖(二帖缺本)」が「十五圓なにがし」で売り手がつかなかったところ、一誠堂書店が後日入札したものの、店舗に並べてわずか二時間、「相変はらず冷遇されていたのを、現代唯一の「源氏」蒐集家帝大教授池田亀鑑氏が発見し--同教授は古寫本「源氏」を七百種約一万冊を蒐集してゐる「源氏」通であるから--忽ち、それが前田侯爵家の青表紙秘蔵本と對照すべき、稀有の典籍であると目星をつけ、冷遇されてゐたままの値で買取つたさうであるが事実、侯爵家秘蔵本の残部五十二帖らしいので、それだと市價八千圓の國寶級の稀書である」と紹介され、一誠堂が価値を知って地団駄を踏んだ話としてまとめられています。これは天理図書館現蔵で、影印本刊行中の池田本出現の経緯のようです。
 さらに翌6日7面社会欄の下段には「国文學資料展」開催の紹介記事。大正大学郊北文学会が会長・高野辰之と池田亀鑑の蔵書百点を八・九日同学で陳列するというもの。これについては、大島本らしき本も「文明頃古寫 五十四帖」として出品されているし(池田本は目録には見えない)、徳富蘇峰も来訪したことが池田亀鑑の書簡から知られます。当時35歳、二年に渡る『馬賊の唄後篇』を前年末書き終え、なお、長編連載中の人気作家でもあった池田亀鑑が、研究者として「読売新聞」に三日間連続して登場していたことになります。このことは、資料を整理をしていて気付いたことです。

 参考・伊藤鉄也先生「昭和6年に大正大学で展示された古写本『源氏物語』」 

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