物語学の森 Blog版 池田亀鑑
『婦人世界』昭和2年10月號「談話くらぶ」
2017-09-24 Sun 06:05
婦人世界・読者欄
談話くらぶ

まあ、先生「香炉の夢」はどうしたのでせうか。四度までもお待ちしたのにやつぱりない。……いつぞや北大路先生は御病気と伺ひましたが、その後如何でせうか。私は高原で名高い所なんです。避暑地にはふさはしい所ですからどうぞ北大路先生に御出遊下さるやう申し上げて下さいませ。(甲斐山地 高藤生)

「香炉の夢」は八月號にも出てないのね。私はがつかりしてしまつたわ 小菊ちやんは今頃どうしてゐる事でせうね。最後に「花は咲けり」の美鈴ちやんの幸福を祈ります。
(福岡にて 順子)

先日記した北大路春房『香炉の夢』についての読者の声。病気を理由に「休載」し、そのまま中絶に至る経緯が読者に伝わっていないことが判ります。すでにこの年、池田亀鑑は東大副手、芳賀矢一記念会の『源氏物語』注釈書集成、くわえて実業之日本社社員でもあったため、首が回らなくなった方便だったのでしょうか。
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北大路春房『香炉の夢』
2017-09-20 Wed 00:10
  「香炉の夢」(北大路春房・婦人世界一月―昭和二年五月)、「乱刃の巷」(青山桜洲・日本少年、一月一十二月)、「栄光の騎手」(村岡筑水・前述)、「炎の渦巻」(青山桜洲・少女の友、一月一―十二月)、「青い小蛇の死」.(闇野冥火・少女の友一月―十二月)の五大長篇をはじめ、「前世紀の怪魔境」(関野冥火・日本少年・四月―七月)の中篇、それに読切りの短篇を若干、五つのペンネームをフルに動員して、千手観音もどきの大活躍である。
 「香炉の夢」はこの作者のものとしてはわりあいとリアリスチックな大作で、掲載誌も婦人世界であったためか、念入りに書いていたという。(皓氏談)時代は江戸、舞台は肥後八代在。この八代在に舞台をえらんだのは、房子夫人の郷里に近いからであると思われ、附近の自然描写など夫人の入智慧を借用したかと考えられる。そこにみゆき・小菊という姉妹が、従兄清之助といっしょに暮らしている。姉妹は肥後藩士の遺子で、姉のみゆきは勝気で才気があり、妹の小菊は内気でやさしい性格であった。従兄清之助は不具の身で彫刻にうち込み、彼のノミ一本で三人の生計を立てている。彼の父は数年前敵討のために旅出して帰らず、彼は美しい許婚者みゆきとの将来に、わずかな希望を託している。ところが、みゆきは他に恋人ができて駈落する。妹の小菊は小四郎という美男の小姓と恋仲であったが、みゆきの失踪を知った従兄清之助は、一夜狂乱のあまりに小菊を犯す。一方、小四郎は主家の未亡人や小間使に挑まれるが、それらを振り切って小菊といっしょに逃げようとする。しかし小菊は身の汚れを恥じて泣く泣く拒絶、小四郎は怒って出奔する。さきに恋人と駈落したみゆきは放浪の果て、疲れ切って阿蘇山麓へ流れ来る。そこへ偶然、清之助と小菊も移住、清之助はみゆきの幻影をモデルに観世音菩薩の像を刻む。又、彼の父も敵探しの旅を終えて巡礼の少女とともに来り、主要人物すべてか阿蘇へ集まって物語の再展開が期待されるところで、作者病気のため中絶しているのだ。これまでのところでは年来の恋が成就したカップルは一組もなく、みなすれ違いに人生のあらぬ街道を心ならずも歩いている。みゆきの邪恋というわずかなつまずきが発端となって、善良な男女の人生をかくも狂わすものだというのが一篇のテーマとみられる。清之助の性格描写は幸田露伴を想わせるものがあって、とくに精彩をはなち、女性の描写も少女小説の単純から一歩ぬけ出して複雑化されている。この作者も女を知ったという感が深い。なおこの小説には、小菊を描くのに源氏の夕顔を引用したり(第一回)、平家物語の想夫恋をひき合いに出したり(第三回)、清之助の芸術家気質に「天才」という語を何べんも使用したりしているのは、後年の池田博士の面目をしめして興味深い。掲載当時は大変な評判で、ほかの作者の写真はときどき雑誌に載せられるのに、北大路春房先生の写真はどうして一回も載せないのかと、抗議を申し込んだ読者もあったくらいである。(長野嘗一「小説家・池田亀鑑」二、「學苑」昭和女子大学光葉会、1958年6月)

 なお、「香炉の夢」はことわりなく中絶となったため、10月号の読者欄に二通「この4ヶ月待っている」「北大路先生は病気やならん」旨の苦情が寄せられている。
 

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北大路春房『白萩の曲』
2017-09-19 Tue 07:10
  (池田亀鑑は)結婚の翌大正十四年には、さらに一層筆に油が乗ってくる。すなわち、「白萩の曲」(北大路春房・婦人世界・一月~九月)「かたぶく月影」(池田芙蓉・少女の友・一月~十二月)「さしまねく影」(闇野冥火・少女の友・一月~十二月)二月)、「馬賊の唄」前篇(池田芙蓉・日本少弟一月~大正十五年一月)の諸長篇をはじめ、いくた読切りの短篇を書いている。

 このうち、「白萩の曲」は「婦人世界」への初登場として注目すべく、筆名も北大路春房という、しゃれた貴公子のような新名を用い、大人の読者を相手として、自己の力倆を世に問うた。親子二代にわたる恋の執念、奇しき運命にあやつられた人間の離合を、歌舞伎風なタッチで描き、大尾は炎々たる猛火のなかに、主要人物すべてが互いに愛する人と抱き合うて死んでゆく。構想の緻密、情緒のてんめん、落ちついた行文、ハッピイエンドに終らせない話の結び方、惨劇のあとに咲かせた白萩の花一群、―――けだし通俗小説。 (長野嘗一「小説家・池田亀鑑」二「学苑」昭和女子大学光葉会、1958年6月 )

 「白萩の曲」完結の「婦人世界」を入手。小説の完結した巻を手に入れるのは至難の業です。
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大正時代の『婦人世界』
2017-09-18 Mon 08:34
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婦人世界①

大正11年から昭和2年までに刊行された実業之日本社『婦人世界』を入手。北大路春房名の池田亀鑑の小説『白萩の曲』、『香炉の夢』、昭和2年からは実業之日本社社員として入社し、「記者」としても、7月から「兄妹はいかに教育せられたか-ある青年家庭教師の手記」を連載。また、長野嘗一「小説家・池田亀鑑」のリストには10月発表となっていた、芥川龍之介の死を特集した「天才の死は若き人々に何を考へさせたか?」 はこの号になく(掲載号未確認)、島崎藤村、田山花袋の生誕地を特派記者として尋ねる「 天才はいかなる土地と家とに生まれたか」が掲載されています。後者は池田亀鑑の著作リストに洩れていますが、芥川の特集との類似性、文体から、そのように判断します。

 『婦人世界』小説リストを改訂しました。
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日南町ゆかりの文学者・池田亀鑑
2017-05-28 Sun 07:36

 原豊二さん監修。ありがとうございます。気になるところ二ケ所、東大文学部副手が①「無給」とありますが、長野嘗一氏の評伝では副手になったことを含め、①「学者としでの多忙な前途が開けてきた」と明記されてあり(つまり俸給あり)、さらに昭和四年末からは大正大学教授等も兼任、②「職がなかった」わけではなく、むしろ多忙。図書費だけでも当時の大卒の月給六十円に対して、月百円とあり、潤沢。関係先にも配慮が必要、二刷から訂正が必要です。
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