物語学の森 Blog版
吉祥寺駅北口・ゾウのはな子さん
2017-08-19 Sat 05:50


 吉祥寺駅北口のゾウのはな子さん。



 食事は、北口の半衛エ・吉祥寺店。渋谷店はI氏に連れて行ってもらい、よく行くようになりました。こちらはフランチャイズだそうです。



 チェゲバラ展。父の世代で、長男は同年でした。今、インカ帝国のマチュピチュについて調べています。
別窓 | 生涯稽古の巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
稲穂
2017-08-14 Mon 08:55

 稲穂が垂れ始める。秋の気配。
別窓 | 全国ツアーの巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
『うつほ物語』から『うつほ草紙』へ(抄録)
2017-08-11 Fri 06:50
うつほ草紙 小学館文庫、2003年3月
 
 今年は奇しくも『うつほ物語』再読の年。今抱えている原稿に加え、9月16日には青山学院女子短期大学同窓会講演「笑わぬかぐや姫と笑われる『うつほ物語』三奇人たち」、そして十数年ぶりの輪読会も担当予定。
 そこで十余年前の小文を読み返したところ、なかなか頑張っていました。以下、引用抄録。 

 巻末エッセイ 『うつほ物語』から『うつほ草紙』へ(抄録)

 さて、本書『うつほ草紙』は、主人公の名を清原俊華牙と言う。これに乳母子で琴職人の春音を伴い、遣唐副使として唐へ船出する。しかしそれは清原家を滅亡させんがための藤原氏の陰謀なのであった。嵐で難破し、海を漂う俊華牙と春音は、商人のセライ・ナジャ(後の馮若芳)に助けられ、波斯の都バグダードへ向かう。しかし彼は宮廷内の抗争に巻き込まれた上に、「愛別離苦」という木の呪いを受けて春音を喪い、傷心のまま、十三年の後、多くの宝物・文物とともに帰国を果たす。俊華牙は一女・細緒(原作には名は記されず、琴の名を転用)を儲け、四四歳の生涯を閉じる。遺された娘はあやにくな運命に翻弄'され、俊華牙を波斯国に追いやった藤原氏の嫡男・兼雅の子を宿す。運命の子の名、それが藤原仲忠であった。
 諏訪緑の物語世界は、代表作『玄奘西域記』にも一買して「少年の自分探しの物語」を主題とするようである。運命に翻弄される少年たちが、西方への旅を通して世界を知り、人を愛する切なさを知る。邂逅と離別を経験しつつ、自我に日覚めてゆく物語なのである。 このような読後の爽快感・清涼感をもたらしてくれる、現代に転生した『うつほ』の草紙を、もし清原氏の末裔である清少納言や、藤原氏の末裔である紫式部が読んだなら、「永遠の青春性」が主題のこの物語を何と評したことであろうか。
別窓 | 右書左琴の巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
書き出しは決まったものの…。
2017-08-08 Tue 07:16
  ふたつの「桐」の物語

 我が国を代表する物語文学は、ともに「桐」の物語から始まる。『うつほの物語』は、大陸を跨ぐ巨木の桐から切り出された琴の相承の物語であり、その言われは主人公の藤原仲忠が、清原俊蔭の娘と北山杉の洞穴で生活しつつ琴の相伝が行われたことによる書名である、また『源氏の物語』は局に桐の植えられた平安京内裏の淑景舎が物語の発端であるからだ。

 桐は梧桐(アオイ目アオイ科、十五~二十㍍)と白桐(シソ目キリ科、十㍍)とがあり、樹木としては別類である。ただし、ともに「桐」として呼び慣わされために混乱が生じたのであろう。『斉民要術』(中国北魏の賈思勰(かしきょう)著の総合的農書。五三二年から五四九年)は両者を青桐、白桐と書き分けている。後者は桐箪笥のように最高級木材として重宝され、下駄や箪笥、琴、箏(こと)、神楽面の材料となっている。また、梧桐は鳳凰の止まる木として神聖視され、日本では白桐を以て嵯峨天皇の御代から天皇の衣裳の刺繍や染め抜きに用いられ、「菊の御紋」に次ぐ高貴な紋章とされてきた。かつて日本では女の子が生まれると白桐を植え、結婚する際にはその白桐で箪笥を作り、嫁入り道具にするという風習もあった。白桐は成長が早いためにこのような習わしが可能なのである。

乞御期待。
別窓 | 源氏物語の巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
田村隆著『省筆論-「書かず」と書くこと』
2017-08-05 Sat 08:16
 著者から『省筆論-「書かず」と書くこと』拝領。ありがとうございます。
 出色の論文は「「涙」の表記」(初出2012年)。これは、陽明文庫本の江戸期補配の巻の本文「初音、藤袴、幻、匂宮、橋姫、総角」の「なみだ、涙」表記に「泪」が見られることを起点に、これが『絵入源氏』版本の書写であることを実証した労作。とりわけ、「初音」巻は大島本が、池田亀鑑によって別本とされていたことから、小学館、日本古典文学全集では、陽明文庫本を底本としていたわけで(『完訳』では大島本、『新編全集』では池田本を採用)、全員泉下の客となった校注者の諸先生も苦笑いしているだろうと思われます。

 以下、目次

主要目次
「書かず」と書くこと

第一部  
省筆論
夕顔以前の省筆
貫之が諫め
卑下の叙法
「ようなさにとどめつ」考
「思ひやるべし」考
与謝野晶子訳『紫式部日記』私見
省筆の訳出
「御返りなし」考

第二部 
施錠考
村雨の軒端
硯瓶の水
いとやむごとなききはにはあらぬが
「涙」の表記
玉葛の旧跡

The Uses of Ellipsis: “Telling”Without Saying
Takashi TAMURA
別窓 | 源氏物語の巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 物語学の森 Blog版 | NEXT